アクト オブ キリング。 映画『アクトオブキリング』評価は?ネタバレ感想考察/インドネシア虐殺の裏技ドキュメンタリ

アクト・オブ・キリング : 作品情報

アクト オブ キリング

(赤江珠緒)うん。 (町山智浩)で、これはですね、その1965年の事件の話を簡単に説明しないとならないんですけど。 それまで、インドネシアではデヴィ夫人の旦那さんのスカルノ大統領がですね、インドネシアをオランダから独立させた英雄として治めていたんですが。 彼が、アメリカと対立してきたんですね。 アメリカのコントロールから外れてきたんで、共産党側に寄ってきたということで。 彼を何とか排除しなければならないという国際的な圧力がありましてですね、1965年に突然、インドネシアの軍のトップの6人の将軍が突然、殺されたんですね。 (赤江珠緒)うん。 (町山智浩)それでトップから7人目にいた、スハルトという将軍が実権を握って。 『この6人の将軍が殺されたのは共産党・共産主義者の仕業だ!』と言ってですね、国内の共産主義分子を大虐殺したんですよ。 (赤江珠緒)はー。 (町山智浩)ただ、その際に殺されたのはほとんど共産党員と関係なくて。 実際、共産党員そんなに多くなくてですね。 まあ、普通の農民だったり、労働組合だったり。 あと、全く関係ない中国系の人も皆殺しになったんですね。 で、しかも、それを殺したのは軍隊ではなくて。 軍隊側は自分たちで手を汚したくないんで、民間の人たち。 主にチンピラとかヤクザとか職にあふれている人たちを使って殺させたと。 (赤江珠緒)うん、うん。 事実なんですね。 (町山智浩)その人数が、十万人から、最悪の場合、百万人と言われてるんですね。 (赤江珠緒)ものすごい数ですよ。 (町山智浩)はい。 で、だからいちばん問題なのは、その後、確立した政権がずっと現在もそれを継承していて。 現在のインドネシアでは、その1965年の大虐殺は良かったことになっていると。 で、『悪い人たちを皆殺しにして、いいことをしました』という風に歴史の中では評価されている。 (赤江珠緒)うーん・・・ (町山智浩)と、いうことで、この前のアクト・オブ・キリングでは、アメリカ人の映画監督のジョシュア・オッペンハイマーさんがですね、インドネシアに行って、実際に殺したって言っている、虐殺をしたチンピラだった人、ヤクザだった人とかなんですけど。 一人、アンワルさんっていうダフ屋さんですね。 『チケットあるよー、チケットあるよー』って言っているおじさんが虐殺によって英雄になったんで、彼のところに行って、ビデオを回しながら・・・ただ、『虐殺してひどいですね』って言わないで、『虐殺したんですよね?ちょっとやってみてもらえます?』みたいな感じで、フラットな感じで言ったら、やり始めたと。 (山里亮太)うん。 (赤江珠緒)もう自慢げにやり始めたってことでしたもんね。 (町山智浩)そうそうそう。 みんなね、自慢するんですよ。 『こうやって殺したんだよ!こんなにたくさん殺したんだよ!』って言いながら自慢しているんで、それをまあビデオにずっと撮っていったっていう映画が、この前に紹介したアクト・オブ・キリングなんですね。 アクト・オブ・キリングっていうのは、『殺しの演技』っていう意味ですけど。 (赤江珠緒)はい。 (町山智浩)で、今回の映画は、ルック・オブ・サイレンスというんですが。 これは『沈黙の眼差し』とか、『沈黙の姿』っていう意味になるんですけども。 この映画はですね、今回は被害者側の、殺された側の、虐殺された側の人が主人公になります。 (赤江珠緒)ええ、ええ。 (町山智浩)その人はね、アディさんっていう人でですね、この映画を撮っている時は44才なんですね。 だから虐殺後に生まれているんですよ。 (赤江珠緒)ああ、そうか。 (町山智浩)で、虐殺が1965年にあって、この人のお兄さんが殺されたんですね。 で、その後、生まれて。 ただずっと子どもの頃からお母さんに、『お前のお兄さんは虐殺で殺されたんだ。 お前のお兄さんを殺したのは、あの村長とか、町の名士とか。 あの人とあの人なんだ』っていう風に言われてずっと育ったのがこのアディさんなんですよ。 (赤江珠緒)あっ、もう誰が殺したまでわかっているんですか? (町山智浩)わかっているんです。 みんな自慢してるんで。 本とか出しているんですよ。 自分が殺したりした時のこととかを。 で、そこにこのオッペンハイマー監督が、実は2003年にですね、虐殺した側の演技はもうすでに撮ってあったんですね。 ビデオでね。 (山里亮太)はい。 (町山智浩)で、その中から、一人だけアンワルさんだけが、ちょっと前の映画のアクト・オブ・キリングのオチにつながっちゃうんですけど、彼だけが反省したんですよ。 謝罪したんですよ。 (赤江珠緒)うんうんうん。 (町山智浩)だから、それをアクト・オブ・キリングっていう映画にしたんだけども。 それ以外にぜんぜん反省しなくて。 自慢している人たちの映像を山のように持っているんですね。 オッペンハイマーさんは。 (赤江珠緒)ええ。 (町山智浩)で、それを被害者たちに見せていったら、今度、被害者の人たちはほとんどが誰も映画に関わりたくないっていう形だったんですよ。 (赤江珠緒)まあ、そうでしょうね。 現政権がそっちですもんね。 (町山智浩)そうなんですよ。 だから、被害者の人たちは『私は被害者です』っていう風に訴えると、彼ら本当にいられなくなっちゃうんですよ。 で、小学校で虐殺について教えている場面っていうのが今回の映画に出てくるんですけども。 要するに、『悪い共産主義者をいっぱい殺しただけじゃなくて、虐殺で殺された人たちの家族はいまも生きているよ』って先生が言うんですね。 (赤江珠緒)うんうん。 (町山智浩)で、『彼らは、まともな職につけません!よかったね』って言うんですよ。 先生が。 ところが、そこにそのアディさんの息子さんがいるんですよ。 その小学校の教室に。 (赤江珠緒)えー・・・ (町山智浩)で、家に帰ってお父さんに、『ねえ、共産主義者は悪い人で、死んでよかったの?』とか言うんですよ。 すると、もうこれは学校でとんでもないことを教えているな!とアディさんは思うんですね。 (赤江珠緒)ええ。 (町山智浩)で、このオッペンハイマー監督に協力すると。 どういう形で協力するか?っていうと、このアディさんはですね、仕事がメガネ屋さんなんですよ。 で、メガネを作っているんですけど、この村がちょっと都会から離れていて、メガネ屋さんがないみたいなんですね。 (赤江珠緒)はい。 (町山智浩)で、行商みたいな形で、各家を訪問して、メガネの検眼をして、その後、作ったメガネを渡すという、なんというか、行商のメガネ屋さんをやっているんですよ。 で、この虐殺の加害者の人たちはみんな、すごいお齢なんで。 老眼鏡が必要なんですね。 で、どんどん度も進んでいるんですよ。 だから、『無料で検眼してメガネを作りますから・・・』ってことでもって、自分の兄を殺した虐殺者たちに一人ひとり、会いに行くっていう映画が今回のルック・オブ・サイレンスなんです。 (赤江珠緒)うわー!なんというドキュメンタリー。 (町山智浩)すごいんですよ。 で、しかもその虐殺者がみんな、オッペンハイマー監督に前に撮ってもらっていて。 オッペンハイマー監督は彼らをおだてて撮っているんで、まさか自分たちが批判されるとは思ってないんですね。 (赤江珠緒)うん。 (町山智浩)特にあれなのは、この虐殺した人たちは『アメリカにとって私たちはいいことをしたんだ』っていう風に思い込んでいるんですよ。 だからオッペンハイマーがアメリカ人だから、自分たちをよく撮ってくれると思っているんですね。 共産主義者を殺したアメリカ側の人なんだと。 (赤江珠緒)共産主義を追い出しているからと。 (町山智浩)そうなんですよ。 だから、もうぜんぜん安心して。 『今度、メガネを作りに来ますから、私にメガネを作っているところを撮らせてください』っていう風にオッペンハイマー監督が言ったら、みんな、『いいよ、いいよ』って言って。 で、撮り始めるんですよ。 (山里亮太)はー! (町山智浩)で、このアディさんが検眼用のメガネ、ありますよね。 レンズを変えるやつ。 (赤江珠緒)ああ、だからこんなおかしなメガネをかけたおじさんがポスターになっているんですね。 【前売販売開始】本日より、シアター・イメージフォーラムにて『ルック・オブ・サイレンス』前売券の販売開始!数量限定の特製ポストカード付です。 これ、メガネ屋さんに行くとやるやつですよ。 検眼用のメガネですね。 レンズを変えるやつね。 で、検眼用セットを持っていって。 アディさんが。 その人たちの家に行って、目をね、『はい、見えますか?よく見えますか?右、どうですか?どっちがよく見えますか?』ってやりながら、床屋さんの世間話のようにね、『ところで、65年って虐殺したんですよね?』って聞いていくんですよ。 (赤江珠緒)はー。 (町山智浩)で、それもビデオ撮っているんですけど。 まさかそれが本題だと思わないから、聞かれている虐殺者の側は、『ああ、やったやった。 なんかね、100人ぐらい殺したね。 女もいっぱい殺したよー』とか言うんですよ。 (山里亮太)はあ! (町山智浩)『いっぱい刺したんだけど、なかなか死なねえんだよな。 あの川に捨てたんだよ』とか言ってるんですよ。 メガネを検眼してもらいながら。 (赤江珠緒)ええ。 (町山智浩)ぜんぜん無警戒で。 で、やっていくうちに・・・ただね、アディさん、淡々と聞いていくんですね。 表情も全く変えずに。 『ラムリっていう人、知ってますか?って。 『ああ、知ってんなー。 殺したなー』とか言うんですよ。 (赤江珠緒)ええっ? (町山智浩)『あのね、ラムリっていう人はね、私のね、兄なんですよね』って。 (山里亮太)怖っ! (町山智浩)っていう映画でね。 ええ・・・まあ、すごいですよ。 (山里亮太)すごい技つかうなー、それは! (赤江珠緒)それは・・・どうなるの?そこ。 そういう対峙の仕方して、ねえ。 ええっ? (町山智浩)これはね、言われた途端に・・・つまり、まあ自分が殺した人間の遺族っていうか当事者が出てきたっていう時にですね、それまで散々自慢していたのが、やっぱりガラッと変わりますね。 (赤江珠緒)ほー! (町山智浩)突然、しどろもどろですよ。 みんな。 慌てて、パニックを起こして。 (山里亮太)『なにが悪いんだ!?』みたいにならないんだ。 (町山智浩)だいたいみんな、言うこと同じですね。 『仕方がなかったんだ。 命令だったんだ。 後ろに軍がいて、見張っていたんだ。 我々は、やらされただけだったんだ』って。 (赤江珠緒)さすがに遺族を前にすると、急に後ろめたさみたいなのがわいてくるんですね。 (町山智浩)もう、『とにかく責任は私にはないんだ!』っていう話なんですよ。 全員が全員。 これはね、まあ僕は心理的に面白いなと思いましたね。 (赤江珠緒)たしかに。 (山里亮太)直前まで自慢話をしてるわけですからね。 (町山智浩)直前まで自慢話して、『俺がやったよ』って言ってるのに、突然、『いやっ、俺、責任ないから。 やれって言われたから、やったんだ。 仕方がなかったんだ』ってやるんですよ。 (山里亮太)どんな気持ちなんだろう? (赤江珠緒)ねえ。 (町山智浩)これが・・・戦争ってそうじゃないですか。 みんな。 (山里亮太)たしかに。 (町山智浩)戦争行った人たちも、『人を殺すけど、仕方がなかったんだ』って言うんでしょ?これが普通の人が実際に人を殺すっていうシステムですよね。 仕組みですよね。 (赤江珠緒)いやー、そうか。 どっかでこう、人事と割り切らないと、できないですもんね。 (町山智浩)そうそうそう。 だから、たまむすびで前に『コンプライアンス 服従の心理』っていう映画をたしか紹介したと思うんですけども。 たまむすびじゃなかったかな?たまむすびですよね。 2012年の映画なんですけど。 (赤江珠緒)はい。 (町山智浩)これ、アメリカで実際にあった話で。 マクドナルドみたいなファストフード店に『警察だ』っていう電話がかかってきて。 (赤江珠緒)ああーっ!はいはい。 (町山智浩)『お宅の従業員が金を盗んでいるから、裸にして、あそこの中に隠しているかもしれないから、体も全部検査して』っていう電話がかかってくるんですよ。 警察だと名乗るものから。 そうすると、その店のマネージャーは、『警察から言われたんだから仕方がない』って女の子を裸にひん剥いて、いたずらしちゃうんですよ。 (赤江珠緒)そうそうそう。 権力の前にね、どんどんやっていっちゃうっていう話でしたよね。 (町山智浩)そう。 それがもう一件や二件じゃなくて、アメリカで大量に起こった事件で。 それをまあ、映画にしたのがコンプライアンス 服従の心理っていう映画だったんですけど。 あの事件ですごく恐ろしいなと思ったのは、人間は『あなたは責任がないんだ。 これは命令なんです。 法的に許されているんです。 国の指導なんです』って言われると、どんなことでもするんですよ。 人間って。 (赤江珠緒)ええーっ・・・ (町山智浩)責任ないって言われちゃうと。 そこが恐ろしいところで。 だから、そういうことが次々と起こっていくんで。 有名な、ナチスドイツでユダヤ人500万人、600万人って言われている人たちを殺した責任者の一人で、アイヒマンっていう人がいたんですね。 (赤江珠緒)はい。 (町山智浩)で、このアイヒマンっていうのは捕まって裁判にかけられたんですけど、みんなびっくりしたんですよ。 そのアイヒマンを見て。 (赤江珠緒)ええ。 (町山智浩)しょぼくれたね、なんかサラリーマンみたいな人だったんですよ。 Otto Adolf Eichmann Solingen, 19 marzo 1906? (町山智浩)で、『言われたからやったんです・・・』って言っているだけなんですよ。 だから、ものすごい悪魔のようなやつがやったんだと思ったんですね。 虐殺っていうのは。 そうじゃなくて、本当に上司の命令には逆らえない、しょぼくれた、役人さんだったんですよ。 やった人は。 (赤江珠緒)それがかえって怖いというか、もう、平常時だと、そんな心理にならない人が。 (町山智浩)そう。 だからこれがいちばん怖いのが、ルック・オブ・サイレンスにしてもアイヒマンにしてもいちばん怖いのが、『誰でもやる』ってことなんですよ。 そこらのおっさんが、みんなやるんだよ。 『やれ!』って言われたら。 そういう時になったらっていうことなんですよね。 (赤江珠緒)うわー・・・ (町山智浩)その怖さなんですよ。 (赤江珠緒)いや、怖いですね。 (町山智浩)それが怖いんですよ。 だからこの無責任さがゾッとするんですけど。 あと、やっぱり怖いのがね、アディさんがずっとその追求をしてることを知ったお母さんが、あれだけ、『お前のお兄さんは殺されたんだ』って言っていたのに、『お前、なんか追求してるんだって?やめなさい!』って言うんですよ。 (赤江珠緒)ああー。 (町山智浩)『だって、みんな偉い人じゃないの。 私たち、殺されちゃうよ!』って言うんですね。 (山里亮太)ほー! (町山智浩)だって、国が認めてるんだもん!『それに、お前には家族がいるじゃないか。 奥さんも子どももいるじゃないか。 やめなさい!』って言うんですよ。 お母さんが。 (赤江珠緒)まあでも、母としてはそうなのかな? (町山智浩)そう。 で、奥さんも『あなたが何をしているか、聞いたわよ。 やめて!』って言うんですよ。 『子どもが、かわいくないの!?やめて!』って言うんですよ。 それどころか、虐殺されるところから逃げ延びた人が一人いて。 生き残ってですね。 その人も出てきて、アディに『やめたまえ』って言うんですよ。 (赤江珠緒)ええーっ・・・ (町山智浩)『もう、済んだことなんだ。 これ以上ひっぱっても、しょうがないじゃないか』って言うんですよ。 で、どんどんアディが孤立していくんですよ。 (山里亮太)はー! (町山智浩)彼は正しいことをしようとしてるのに、どんどん孤立してくとか、そのへんも怖いんですよね。 (赤江珠緒)そうかー。 うわー、人間って結構簡単に、思考をね、他人に委ねることができちゃうし。 口を閉ざすこともできちゃうってことですね。 (町山智浩)あと、やっぱりアディもね、忘れたいんですよ。 自分自身が生まれてなかったし。 それにその、追求していく相手もね、死んじゃったりしてるんですよ。 おじいさんになっちゃっているから。 ヨボヨボになっちゃったり、死んだりして。 しょうがないからその息子とか娘にも会う感じになっているんですよね。 この映画って。 途中から。 (山里亮太)ふんふん。 (町山智浩)だから、自分も生まれてなかったし、彼らも生まれてなかったとか、子どもだったりしてるんで。 それでもじゃあ、過去の加害者と被害者の問題っていうものは乗り越えられないのか?って話になってくるんですよ。 (赤江珠緒)うーん・・・ (町山智浩)そうするとこれ、インドネシアの問題だけじゃないですよ。 (赤江珠緒)たしかに。 (町山智浩)さっき言ったドイツの問題もそうだし、日本の問題でもあるし、広島に原爆を落としたアメリカの問題でもあるし。 世界中すべての問題ですよ、これ。 そういった被害者・加害者の関係ってものは、どうしたらいいのか?ってことまで考えさせられるんですよ。 (赤江珠緒)へー! (町山智浩)やった方は忘れたいんですよ。 でも、やられた方は忘れたいんだけど、忘れられないんですよ。 っていうことですよね。 だからこれ、加害者の一人がですね、アディに『じゃあ君は、僕らに復讐したいんだね?』って聞くシーンがあるんですよ。 (赤江珠緒)ええ。 (町山智浩)そうするとアディは『いや、復讐じゃないんだよな』ってなるんですよ。 (赤江珠緒)復讐じゃない? (町山智浩)『そんなことじゃないんだ』と。 『じゃあ、謝罪がほしいのか?』『でも、形だけの謝罪でもないんだ。 ほしいのは』『賠償なのか?お金なのか?』『いや、お金でもないんだ』と。 『いったい、なんだろう?』って言ったら、やっぱりこの痛みとか苦しみをわかってほしいんですよ。 本当に、心から。 やった人たちに。 やった人の家族にも。 (赤江珠緒)ええ。 (町山智浩)でもそれは、なかなか達成できないんですよね。 もしそれがあれば、先に進めるかもしれないのに・・・という、非常に被害者と加害者の問題ってものに考えさせられる映画になっていますね。 (山里亮太)これ、でも相当ぶつかるところでもあるんじゃないですか?『何をいまさらお前、そんな・・・』っていうので。 (町山智浩)だからいま、インドネシアがどうするのか?歴史をどう乗り越えていくのか?ということはね、大きな問題になっていくでしょうね。 もう、だって次の世代なんですからね。 (赤江珠緒)そうですよ。 しかも、そっち側の歴史に、もう政権が、そっから育ってるんですからね。 (山里亮太)そこを良しとするね、政権がたっているわけですもんね。 (町山智浩)そうなんですよ。 だから前のね、アクト・オブ・キリングっていう映画では、虐殺した側のアンワルさんっていう人に、虐殺される側の演技をさせることによって、彼はやられる側の気持ちっていうのがわかって。 大変なラストに向かっていくんですけど。 やっぱり映画とか演技の、なんていうか意味っていうのはそういうところにあるなってこともね、思わせる映画が、ルック・オブ・サイレンスでした。 (赤江珠緒)はー!これはテーマとして本当にね。 人間の本質というか。 自分だってね、そうなるだろうしって思うとね。 (町山智浩)でもね、ちょっとほっこりさせるシーンとかもあります。 この監督の上手いところです。 このアディさんのお父さんが出てきてですね。 100才を超えてるんですけど。 その人がなかなか笑わせてくれますんで。 (赤江珠緒)へー。 (山里亮太)そっか。 そういうシーンもありながら。 (町山智浩)という映画で。 これ、6月終わりぐらいに東京で公開される予定です。 (赤江珠緒)はい。 ドキュメンタリー映画『ルック・オブ・サイレンス』。 日本では6月下旬に公開予定ということで。 これ、本当にアクト・オブ・キリングとルック・オブ・サイレンスと、対になっている感じの作品なんですね。 (山里亮太)目線がね、逆ですね。 (町山智浩)ぜひ2本、見ていただきたいと。 (赤江珠緒)そうですね。 わー、町山さん、ありがとうございました。 (町山智浩)はい。 どもでした。 (赤江珠緒)町山さん、選集ご紹介いただいたインドネシアの『ルック・オブ・サイレンス』。 拝見しました。 (町山智浩)ああ、そうですか。 (赤江珠緒)いや、もうあれはすごい映画でしたね。 あれは本当にね、見た方がいいと思う。 本当に。 (山里亮太)赤江さんが『どんよりした』って言ってます。 (赤江珠緒)もう、人間の恐ろしさみたいなのも見えるし。 で、あの主役のアディさんの、なんていうか、本当の意味でのね、理性的というか。 なんて言うか、人の賢さというか。 そういうのが、ねえ。 (町山智浩)アディさんがもう本当に、表情をがんばって変えないんですよね。 (赤江珠緒)あの理知的な表情というか。 なんかすごいですね。 (町山智浩)こう、淡々と聞いていくんですけどね。 でも、途中でやっぱりどうしても感情が爆発するところもありましたけどね。 まあ、あのお父さんがよかったですよ。 (赤江珠緒)ああ、よかったですね。 あの家族がね。 (町山智浩)100才超えて。 『お父さん、いくつなの?』ってアディさんが聞くと、お父さんが『僕はね、16なの』って言うんですよ。 (赤江珠緒)そうそうそう(笑)。 (町山智浩)でもお父さん、どう考えても100才を超えてるんですけどね。 いちばん幸せそうな。 (赤江珠緒)うん。 なんかね、あれはぜひ見ていただきたいな。 本当に。 (山里亮太)私、来週ぐらいには。 (町山智浩)すごい映画ですよ。 ルック・オブ・サイレンス。 どうも、見ていただいてありがとうございます。 (赤江珠緒)いえいえ。 (町山智浩)僕が感謝することないですけど(笑)。 <書き起こしおわり>.

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アクト・オブ・キリング : 作品情報

アクト オブ キリング

見どころ インドネシアで行われた大量虐殺を題材にし、ベルリン国際映画祭観客賞受賞、アカデミー賞にもノミネートされたドキュメンタリー。 1960年代にインドネシアで繰り広げられた大量虐殺の加害者たちに、その再現をさせながら彼らの胸中や虐殺の実態に迫る。 『フィツカラルド』などの鬼才ヴェルナー・ヘルツォーク、『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』などのエロール・モリス監督が製作総指揮を担当。 凶行の再演という独特なスタイルに加え、そこから浮かび上がる人間が抱える闇にドキリとさせられる。 あらすじ 1960年代のインドネシアで行われていた大量虐殺。 その実行者たちは100万近くもの人々を殺した身でありながら、現在に至るまで国民的英雄としてたたえられていた。 そんな彼らに、どのように虐殺を行っていたのかを再演してもらうことに。 まるで映画スターにでもなったかのように、カメラの前で殺人の様子を意気揚々と身振り手振りで説明し、再演していく男たち。 だが、そうした異様な再演劇が彼らに思いがけない変化をもたらしていく。 映画短評.

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アクト・オブ・キリングは不快になる! ネタバレと感想

アクト オブ キリング

注目のレビュー:アクト・オブ・キリング• 2014-04-13 by 1960年代にインドネシアで起こった虐殺事件の加害者達が、当時を再現した映画を製作する様子に密着したドキュメント。 受賞とはなりませんでしたが、アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にもノミネートされていた映画です。 本日、満席のイメージフォーラムで立ち見 約3年振り で観賞しました。 題材が題材なだけに、簡単に感想を述べることが難しいですが、「映画から受け取れるメッセージの量が非常に多い映画」という...... 3人がこのレビューに共感したと評価しています。 2014-06-02 by 肌が粟立つ。 ものすごくシュールなのに、そのシュールさがかえって恐ろしくて全然笑えない。 だいたい大虐殺がテーマである映画なのに、1000人もの人間を殺した人物の映画であるのに、極彩色の映像が繰り広げられることが異様に思えて恐ろしい。 エンドロールで何人ものスタッフの名前がAnonymous(匿名)と表記されていたことが印象的だ。 世界でたくさんの賞に輝いたこの映画にクレジットされると困るインドネシア人スタ...... 1人がこのレビューに共感したと評価しています。

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