いのちの食べ方 eve。 Eve いのちの食べ方 歌詞

Eve『いのちの食べ方』歌詞の意味を考察・解釈

いのちの食べ方 eve

筆者が今作から感じ取った点は以下の通りです。 ・命に対する見方 ・時間の過ごし方 上記のように感じ取った理由を、続く楽曲紹介と共にお話したいと思います。 『いのちの食べ方』のMVが2020年5月22日にネット上で公開されました。 公開初日から 40万以上の動画再生回数を記録しています。 同日、「めざましテレビ」にて『いのちの食べ方』のMVと地上波初となる Eveさんの肉声が放送されました。 その中でEveさんご自身が今作のテーマについて次のように語っていました。 「あっという間に過ぎていく毎日をどう過ごし、どう生きて行くのか。 これらのコメントを考慮すると『いのちの食べ方』は 「命に対する見方」と 「時間の過ごし方」の2つを伝えていると解釈しました。 また今作は前作 『トーキョーゲットー』と関連があると判断しました。 判断材料となったのは次の点です。 ・監視カメラの映像 ・主人公が入れられていたゴミ箱 ・類似する街並み さらに歌詞の中で 「君」が来ないと歌われている点にも注目できます。 この君はもしかすると前回、主人公が追い求めていた 「君(主人公の理想)」を指すのかもしれません。 この仮定が適切であるなら、今作は 『トーキョーゲットー』の続編となると考えられます。 Eveさん公式アカウントでは事前にMVの予告動画が公開されていました。 その中の映像に注目すると、 モニターにゴミ箱から足跡だけがつく奇妙なシーンがありました。 これは前作『トーキョーゲットー』のラストで 怪物に食べられた主人公が、なんらかの仕方で復活したことを描写しているのだと解釈しました。 さて『いのちの食べ方』のMVに登場する人物とそれが示すものをまとめておきましょう。 落とした頭を探し求めている。 上記のような考察で歌詞全体の考察を進めていきたいと思います。 『いのちの食べ方』の意味とは タイトルは、2005年に公開された 映画「いのちの食べかた」を連想させました。 同映画は、食べ物の大規模・大量生産の現場を描いたドキュメンタリーです。 映画を見た人たちのコメントの多くは 「動物たちの命への認識と感謝が深まった」というものでした。 筆者はMVに登場する「首無しの竜」を 「屠殺された動物」 を描写していると解釈しました。 昔から屠殺された動物は頭を落とされてきたからです。 MVの前半では、主人公が首無しの竜に自分から近づいていきます。 これは彼が 「食べる側」にいるということを暗示していると考えました。 この考えが適切であるなら、後半の部分で主人公が首無しの竜に追われている場面は、彼が 「食べられる側」になっていると解釈できます。 さらに筆者は首無しの竜が「死」を描写していると解釈しました。 MVで、首無しの竜に 触れた者たちが骨になったからです(デイダラボッチのよう) 先ほどと同じ原理で考えると、前半で主人公は 自ら死に近づいているようでした。 しかし死が彼に近づいて来ると、彼は恐怖でおののいた表情を浮かべます。 この描写は 自殺や死への恐怖などを伝えていると解釈しました。 誰もが 残された自分の時間をどのように用いるかを考えたことでしょう。 まさにタイトルには「命」と「時間」を表現しており、これからの生き方を考える上で欠かせない要素であることを伝えています。 前作『トーキョーゲットー』でも彼は「君」を理想として追い続けていました。 「バックパッカー」とは少量の荷物を収納するバックパックを背負って旅する人のことです。 この表現から、 未だに彼が理想を追いかけていることがわかります。 これまでの経験上、彼は理想には手が届かないことを痛感しています。 私たちにも理想を追い求めることに疲れを感じ、希望を見失うときがあるでしょう。 このような時間の過ごし方を続けてよいのだろうかと自問するかもしれません。 歌詞にあるように彼の理想とは 「温もり」を与えてくれる存在や環境でした。 そうした存在や環境に恵まれずにここまできたようです。 彼はだんだんと 「心まで貧しくなって」いきました。 主人公の目つきが悪く無表情を保っている理由がここにあるようです。 彼の見る世界は 「グレイの海」つまり 色彩のない世界のように映りました。 私たちも彼と同じように、世界に対して消極的な見方をすることがあります。 続く部分で歌詞は 「美は満ち溢れているんだ 見過ごすな」と励ましています。 美しい景色になるのを待つのではなく、 自分から探しに行くという積極的な見方が背景にあります。 確かに自分から行動しないと、あっという間に人生は焼きまわしの毎日になってしまうでしょう。 毎日の時間の過ごし方を建設的なものにしていきたいですね。 理想は有限 夜が明ける前に酔いを醒まして 時間がないんだ君には 盲目でいたいの 退屈な今日を 超えていきたいんだきっと サビでは 理想が有限であることが伝えられています。 「夜が明ける前」とは 一日の終わりを指しているようです。 「酔いを醒まして」とは、 理想は努力しなくても叶うという甘い考えのことかもしれません。 「君」の前に 「時間がないんだ」というフレーズがあります。 これは、 理想を叶えることのできる時間が限られていることを示唆しているようです。 ここまでをまとめると歌詞は 「理想を叶えることのできる時間は限られているのだから、一日が終わる前に自分の中にある甘い考えを捨てろ」と伝えていると解釈しました。 「盲目でいたいの」というフレーズから主人公が、 自分の弱い部分や理想に近づけない現状を直視したくないと考えているのを読み取れます。 それでも 「退屈な今日」を乗り越えていきたいという思いを強く抱いています。 私たちも向上心を持って毎日過ごしていきたいですね。 現実と理想の狭間で 現実との狭間で泣いて 腹を裂かれるこの思いで 飲み干した言葉の棘が刺さる その滑稽さだけが残った お気に入りの カトラリーは 至福だけを運ぶようだ 2番の歌詞は、 主人公が現実と理想の狭間で泣いていることを伝えています。 私たちにもそのような状況に置かれ、挫折や失意を経験したことがあるかもしれません。 「飲み干した言葉の棘」とは、 「自分じゃダメなのか!」「もう嫌だ!」などの悔しさや諦めを表す言葉を指すのでしょう。 「カトラリー」とは 「食卓用のナイフ、フォーク、スプーンなどの総称」です。 それらは「至福だけを運ぶ」と綴られています。 「お気に入りの」とは「自分に都合の良い、または気に入った」という点を伝えています。 つまり主人公は、 自分のお気に入りの方法で都合の良い考えを切り取り、日々を過ごしたいと考えているようです。 確かに負担も苦労も感じないライフスタイルと言えるかもしれません。 しかしそこには向上や進歩はないので、満足感や幸福感もないでしょう。 命の重さ 真理を見ようとしないで 命の重さを量った 揺らめく篝火の中 何をみた この部分の 「命の重さ」というフレーズに注目してみましょう。 今まで時間に関する考察をメインに行ってきました。 ここでは命をメインに考察してみましょう。 私たちは日常生活で、豚や牛また鳥などの肉を食べることがあります。 多くの人は肉を食べる前、あるいは食べながら「肉になる前は、生きてたんだよな」とか「かわいそうだな」などとは考えないでしょう。 記事の前半で紹介したドキュメンタリー映画の中でも屠殺のシーンがあるわけですが、 そうした 「真理を見ようとしない」人が多いかもしれません。 たいした意味も考えずに 「いただきます」の決まり文句を口にして、 「命の重さを量った」つもりでいることがあります。 「篝火(かがりび)」とは「夜間の警護・照明や漁猟などのためにたく火」のことです。 実際の使用方法とは異なるものの、火で肉を焼くときに動物の命への感謝や認識を深めることができると考えました。 MVの主人公も、首無し竜に襲われて初めて「命の大切さや重み」を悟ったのでしょう。 彼のように身を危険にさらして教訓を得るのではなく、 毎日の生活の中で命や時間への見方を新たにしていきたいと思います。 そのようにして初めて、今と将来の生き方を吟味することができると感じました。。 まとめ いかがでしょうか。 今回は「時間」と「命」という2つの要素を考察してみました。 それらに対する感謝や認識を深めることで、今後どう生きるかというテーマとも向き合えると感じたからです。 毎度のことですがEveさんの作品は映画並のスケールがあるので、幾つかの要素に触れるだけで手一杯です(汗) 前作やMVに関する言及が不足している部分も多々あると思います。 気づかれた点を自由にコメントしてくださると幸いです。 これからもEveさんの活動を応援していきたいと思います。 壮大で素敵な作品をありがとうございました。 ここまで記事を読んでくださった皆さんにも感謝します。 ありがとうございました。 KTR兄貴さんコメント有難うございます。 お褒めの言葉を頂き恐縮です。 記事でもノッポについての言及がありませんでしたね(汗) 登場人物を紹介する部分でも触れましたが、彼は親また保護者のような 存在をイメージしました。 理由として、絵師イラスト説明文で「ノッポさん」はいのち君?のたばこを 取り上げています。 さらに庇うという行動からもそのように言えます。 しかし前半ではいのち君の命をノッポさんが食べているようなシーンがあります。 これは子供の時間がある程度、親に依存していることや血を分け合った存在という 印象を受けました。 これを本記事で盛り込むとかなり複雑になるので割愛しました(汗) 現在の筆者の考察です。 参考にしてくだされば幸いです。 文字化けはアプリで解読すると「いのちの食べ方」になりますね。 私も曲の意味がいつもあまりわからない人なんですが、映像にも何か考察のヒントが隠れているのではないかと思います。 私はエレベーターのシーンが何度が出てくるのが気になります。 主人公は上の方へ行こうとしています。 しかし、エレベーターの下のボタンを連打されてドアが閉まらず怒ってドアを蹴り壊すシーンや、屋上に上がってからも首無しの龍などによって何度も下に落とされているようにも見えます。 これが理想の高さや気持ちの明るさなどの何かを表しているような気がします。 また途中ずっとしょっていたバックにナイフで突き立てては、喉仏を割いてというとても印象的なシーンも何かあるはずなのですが自分の頭だけではわかりませんでした。 特に食卓におかれたバックが自分の姿のように見えるのも絶対何か伝えたいことがあるようで読み切れません。 ロ-ツェさんコメント有難うございます。 ご指摘頂いた点は筆者も考慮し構想を練ったのですが 脳が思考を停止しましたw 冗談さておきすべての要素を記事にすると3万文字くらいの ボリュームになりそうだったので幾つか割愛しました。 エレベーターに関しては予告動画で「鬼の面」をつけた人外が 乗っていますよね。 映像にもいくつか映っています。 彼もキーマンになると睨んでいます。 ある考察に龍の頭が理性で身体が本能だとありました。 頭は主人公に具現化し街を彷徨うとの説明です。 自分もバッグの中身をもう1人の自分とした考察では、 動物の部位を自分の臓器などに置き換えたら、命の重みを 量れるだろうというメッセージ性を感じました。 コメントにあった理想の高さや気持ちの明るさも作品では 伝えられていたと筆者も思いますよ。 今後も色々な考察や解釈が生まれていくかと思います。 続編記事が出るかもしれません。 これからもSugar&Salt Musicを宜しく お願いします!•

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Eve『いのちの食べ方』歌詞の意味を考察・解釈

いのちの食べ方 eve

筆者が今作から感じ取った点は以下の通りです。 ・命に対する見方 ・時間の過ごし方 上記のように感じ取った理由を、続く楽曲紹介と共にお話したいと思います。 『いのちの食べ方』のMVが2020年5月22日にネット上で公開されました。 公開初日から 40万以上の動画再生回数を記録しています。 同日、「めざましテレビ」にて『いのちの食べ方』のMVと地上波初となる Eveさんの肉声が放送されました。 その中でEveさんご自身が今作のテーマについて次のように語っていました。 「あっという間に過ぎていく毎日をどう過ごし、どう生きて行くのか。 これらのコメントを考慮すると『いのちの食べ方』は 「命に対する見方」と 「時間の過ごし方」の2つを伝えていると解釈しました。 また今作は前作 『トーキョーゲットー』と関連があると判断しました。 判断材料となったのは次の点です。 ・監視カメラの映像 ・主人公が入れられていたゴミ箱 ・類似する街並み さらに歌詞の中で 「君」が来ないと歌われている点にも注目できます。 この君はもしかすると前回、主人公が追い求めていた 「君(主人公の理想)」を指すのかもしれません。 この仮定が適切であるなら、今作は 『トーキョーゲットー』の続編となると考えられます。 Eveさん公式アカウントでは事前にMVの予告動画が公開されていました。 その中の映像に注目すると、 モニターにゴミ箱から足跡だけがつく奇妙なシーンがありました。 これは前作『トーキョーゲットー』のラストで 怪物に食べられた主人公が、なんらかの仕方で復活したことを描写しているのだと解釈しました。 さて『いのちの食べ方』のMVに登場する人物とそれが示すものをまとめておきましょう。 落とした頭を探し求めている。 上記のような考察で歌詞全体の考察を進めていきたいと思います。 『いのちの食べ方』の意味とは タイトルは、2005年に公開された 映画「いのちの食べかた」を連想させました。 同映画は、食べ物の大規模・大量生産の現場を描いたドキュメンタリーです。 映画を見た人たちのコメントの多くは 「動物たちの命への認識と感謝が深まった」というものでした。 筆者はMVに登場する「首無しの竜」を 「屠殺された動物」 を描写していると解釈しました。 昔から屠殺された動物は頭を落とされてきたからです。 MVの前半では、主人公が首無しの竜に自分から近づいていきます。 これは彼が 「食べる側」にいるということを暗示していると考えました。 この考えが適切であるなら、後半の部分で主人公が首無しの竜に追われている場面は、彼が 「食べられる側」になっていると解釈できます。 さらに筆者は首無しの竜が「死」を描写していると解釈しました。 MVで、首無しの竜に 触れた者たちが骨になったからです(デイダラボッチのよう) 先ほどと同じ原理で考えると、前半で主人公は 自ら死に近づいているようでした。 しかし死が彼に近づいて来ると、彼は恐怖でおののいた表情を浮かべます。 この描写は 自殺や死への恐怖などを伝えていると解釈しました。 誰もが 残された自分の時間をどのように用いるかを考えたことでしょう。 まさにタイトルには「命」と「時間」を表現しており、これからの生き方を考える上で欠かせない要素であることを伝えています。 前作『トーキョーゲットー』でも彼は「君」を理想として追い続けていました。 「バックパッカー」とは少量の荷物を収納するバックパックを背負って旅する人のことです。 この表現から、 未だに彼が理想を追いかけていることがわかります。 これまでの経験上、彼は理想には手が届かないことを痛感しています。 私たちにも理想を追い求めることに疲れを感じ、希望を見失うときがあるでしょう。 このような時間の過ごし方を続けてよいのだろうかと自問するかもしれません。 歌詞にあるように彼の理想とは 「温もり」を与えてくれる存在や環境でした。 そうした存在や環境に恵まれずにここまできたようです。 彼はだんだんと 「心まで貧しくなって」いきました。 主人公の目つきが悪く無表情を保っている理由がここにあるようです。 彼の見る世界は 「グレイの海」つまり 色彩のない世界のように映りました。 私たちも彼と同じように、世界に対して消極的な見方をすることがあります。 続く部分で歌詞は 「美は満ち溢れているんだ 見過ごすな」と励ましています。 美しい景色になるのを待つのではなく、 自分から探しに行くという積極的な見方が背景にあります。 確かに自分から行動しないと、あっという間に人生は焼きまわしの毎日になってしまうでしょう。 毎日の時間の過ごし方を建設的なものにしていきたいですね。 理想は有限 夜が明ける前に酔いを醒まして 時間がないんだ君には 盲目でいたいの 退屈な今日を 超えていきたいんだきっと サビでは 理想が有限であることが伝えられています。 「夜が明ける前」とは 一日の終わりを指しているようです。 「酔いを醒まして」とは、 理想は努力しなくても叶うという甘い考えのことかもしれません。 「君」の前に 「時間がないんだ」というフレーズがあります。 これは、 理想を叶えることのできる時間が限られていることを示唆しているようです。 ここまでをまとめると歌詞は 「理想を叶えることのできる時間は限られているのだから、一日が終わる前に自分の中にある甘い考えを捨てろ」と伝えていると解釈しました。 「盲目でいたいの」というフレーズから主人公が、 自分の弱い部分や理想に近づけない現状を直視したくないと考えているのを読み取れます。 それでも 「退屈な今日」を乗り越えていきたいという思いを強く抱いています。 私たちも向上心を持って毎日過ごしていきたいですね。 現実と理想の狭間で 現実との狭間で泣いて 腹を裂かれるこの思いで 飲み干した言葉の棘が刺さる その滑稽さだけが残った お気に入りの カトラリーは 至福だけを運ぶようだ 2番の歌詞は、 主人公が現実と理想の狭間で泣いていることを伝えています。 私たちにもそのような状況に置かれ、挫折や失意を経験したことがあるかもしれません。 「飲み干した言葉の棘」とは、 「自分じゃダメなのか!」「もう嫌だ!」などの悔しさや諦めを表す言葉を指すのでしょう。 「カトラリー」とは 「食卓用のナイフ、フォーク、スプーンなどの総称」です。 それらは「至福だけを運ぶ」と綴られています。 「お気に入りの」とは「自分に都合の良い、または気に入った」という点を伝えています。 つまり主人公は、 自分のお気に入りの方法で都合の良い考えを切り取り、日々を過ごしたいと考えているようです。 確かに負担も苦労も感じないライフスタイルと言えるかもしれません。 しかしそこには向上や進歩はないので、満足感や幸福感もないでしょう。 命の重さ 真理を見ようとしないで 命の重さを量った 揺らめく篝火の中 何をみた この部分の 「命の重さ」というフレーズに注目してみましょう。 今まで時間に関する考察をメインに行ってきました。 ここでは命をメインに考察してみましょう。 私たちは日常生活で、豚や牛また鳥などの肉を食べることがあります。 多くの人は肉を食べる前、あるいは食べながら「肉になる前は、生きてたんだよな」とか「かわいそうだな」などとは考えないでしょう。 記事の前半で紹介したドキュメンタリー映画の中でも屠殺のシーンがあるわけですが、 そうした 「真理を見ようとしない」人が多いかもしれません。 たいした意味も考えずに 「いただきます」の決まり文句を口にして、 「命の重さを量った」つもりでいることがあります。 「篝火(かがりび)」とは「夜間の警護・照明や漁猟などのためにたく火」のことです。 実際の使用方法とは異なるものの、火で肉を焼くときに動物の命への感謝や認識を深めることができると考えました。 MVの主人公も、首無し竜に襲われて初めて「命の大切さや重み」を悟ったのでしょう。 彼のように身を危険にさらして教訓を得るのではなく、 毎日の生活の中で命や時間への見方を新たにしていきたいと思います。 そのようにして初めて、今と将来の生き方を吟味することができると感じました。。 まとめ いかがでしょうか。 今回は「時間」と「命」という2つの要素を考察してみました。 それらに対する感謝や認識を深めることで、今後どう生きるかというテーマとも向き合えると感じたからです。 毎度のことですがEveさんの作品は映画並のスケールがあるので、幾つかの要素に触れるだけで手一杯です(汗) 前作やMVに関する言及が不足している部分も多々あると思います。 気づかれた点を自由にコメントしてくださると幸いです。 これからもEveさんの活動を応援していきたいと思います。 壮大で素敵な作品をありがとうございました。 ここまで記事を読んでくださった皆さんにも感謝します。 ありがとうございました。 KTR兄貴さんコメント有難うございます。 お褒めの言葉を頂き恐縮です。 記事でもノッポについての言及がありませんでしたね(汗) 登場人物を紹介する部分でも触れましたが、彼は親また保護者のような 存在をイメージしました。 理由として、絵師イラスト説明文で「ノッポさん」はいのち君?のたばこを 取り上げています。 さらに庇うという行動からもそのように言えます。 しかし前半ではいのち君の命をノッポさんが食べているようなシーンがあります。 これは子供の時間がある程度、親に依存していることや血を分け合った存在という 印象を受けました。 これを本記事で盛り込むとかなり複雑になるので割愛しました(汗) 現在の筆者の考察です。 参考にしてくだされば幸いです。 文字化けはアプリで解読すると「いのちの食べ方」になりますね。 私も曲の意味がいつもあまりわからない人なんですが、映像にも何か考察のヒントが隠れているのではないかと思います。 私はエレベーターのシーンが何度が出てくるのが気になります。 主人公は上の方へ行こうとしています。 しかし、エレベーターの下のボタンを連打されてドアが閉まらず怒ってドアを蹴り壊すシーンや、屋上に上がってからも首無しの龍などによって何度も下に落とされているようにも見えます。 これが理想の高さや気持ちの明るさなどの何かを表しているような気がします。 また途中ずっとしょっていたバックにナイフで突き立てては、喉仏を割いてというとても印象的なシーンも何かあるはずなのですが自分の頭だけではわかりませんでした。 特に食卓におかれたバックが自分の姿のように見えるのも絶対何か伝えたいことがあるようで読み切れません。 ロ-ツェさんコメント有難うございます。 ご指摘頂いた点は筆者も考慮し構想を練ったのですが 脳が思考を停止しましたw 冗談さておきすべての要素を記事にすると3万文字くらいの ボリュームになりそうだったので幾つか割愛しました。 エレベーターに関しては予告動画で「鬼の面」をつけた人外が 乗っていますよね。 映像にもいくつか映っています。 彼もキーマンになると睨んでいます。 ある考察に龍の頭が理性で身体が本能だとありました。 頭は主人公に具現化し街を彷徨うとの説明です。 自分もバッグの中身をもう1人の自分とした考察では、 動物の部位を自分の臓器などに置き換えたら、命の重みを 量れるだろうというメッセージ性を感じました。 コメントにあった理想の高さや気持ちの明るさも作品では 伝えられていたと筆者も思いますよ。 今後も色々な考察や解釈が生まれていくかと思います。 続編記事が出るかもしれません。 これからもSugar&Salt Musicを宜しく お願いします!•

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Eve いのちの食べ方 歌詞&動画視聴

いのちの食べ方 eve

Eve『Smile』(通常盤) コロナ禍の今、ライブハウスや屋外におけるライブの中止や延期が相次ぎ、様々なアーティストがその代替策として、YouTubeをはじめとした動画共有サービスを利用した配信をするようになった。 メジャーシーンで活躍するアーティストが、ネットへと活動の場を広げ、プライベート空間を映しながらおこなう配信は、エポックメイキングなものとして光が当たりやすい。 一方で、もともと、主にネットを通じて楽曲や配信を公開することに長けているネット発アーティストによる配信は、その性質上、プライベート空間を公開しないことも多く、インパクトは僅かな程度にとどまりがち。 それでも、ネット発アーティストによる数々の配信に共通しているのは、彼らならではの方法で視聴者を楽しませようと試みていること。 そこで、本稿では、4月7日に緊急事態宣言が発動されて以来、ネット発アーティストが配信してきた内容をもとに、ネットシーンの魅力の深淵に迫ることとしたい。 別の視点に目を向けた上サプライズ感のある演出 とりわけ、実験的な演出で話題を呼んだのが、ずっと真夜中でいいのに。 が、開催を延期したクリーニングライブ『定期連絡の業務』公演の2日目にあたる5月6日に配信したYouTube Live『お風呂場ライブ 定期連絡の業務』。 タイトル通り、フロントマンであるACAねが、自身の浴室からMC含め約25分程度に渡って届けた同配信をポップに彩ったのは、ACAねの姿そのものではなく、これまでのMVではお馴染みのキャラクターが出演するアニメーション。 その中から、ACAねによるエモーショナルな歌声とツインピアノの音色が織り成す歌世界が飛び出してきたのだった。 ACAねと同様に、素顔を公開する習慣のないネット発アーティストによる配信は、依然として、アニメーションを徹底したものが多く、プライベート空間に欠けるところがあるのは、否めない。 しかし、今回、ACAねが、部屋でも外でもない浴室をライブステージに選んだことから、生のライブで披露するのに近い歌声を実現したように、別の視点に目を向けた上で、サプライズ感のある演出を施すネット発アーティストは、少なくないのだ。 ずっと真夜中でいいのに。 のほかに、生のライブへと気持ちを寄せたのが、Eveといえる。 自身の誕生日の5月23日、横浜ぴあアリーナMMで開催する予定だった初のアリーナワンマンライブ『Eve LIVE Smile』が見合わせとなってから、5月1日に、EveのスタッフがTwitterのEve公式アカウントにて、「Smileに『いのちの食べ方』という楽曲がありますが、LINE MUSICのBGMに設定して待っていて下さい。 (中略)ライブが無くなってしまったのは大変残念ですが、次に進みます」と投稿()。 それからLINE MUSICを通して、Eveと視聴者が、「いのちの食べ方」を共有するムーブメントが起きると、22日には、Eveが、とっておきのプレゼントを贈るようにして、公式YouTubeチャンネルで「いのちの食べ方」のリアレンジver. となるミュージックビデオを公開した。 音源に新味が加わった楽曲を公開するまでの間に、視聴者と1曲を通じて心をひとつにする流れを作ったことは、生のライブで体感できる楽曲の共有に少なからず、重なり合う。

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