フィジカル ディスタンス と は。 ソーシャルディスタンスとフィジカルディスタンスの違い

フィジカルディスタンスを保ちましょう

フィジカル ディスタンス と は

カタカナ言葉で言えば、「ソーシャル・ディスタンス」(社会的距離)ではなく「フィジカル・ディスタンス」(物理的距離)ということだ。 個人的にも、「お互いの距離を十分に取り合う」ということを「ソーシャル・ディスタンス」という言葉で表現することには、かなりの違和感を覚えていた。 「『社会的距離を置く』なんて言ったら、意味合いが別になっちゃうだろう!」と思っていたので、当初はなるべくこの言葉を使いたくなかった。 しかし言葉としてどんどん市民権を確立してきたように見えたので、今月 16日の「」という記事中でしかたなく、(西欧人、米国人に関して)「彼らの『ソーシャル・ディスタンス』は、どうみても日本人よりずっと広い」と、初めてこの言葉を使った。 ところが皮肉なもので、それより 2ヶ月も前に、WHO が、"physical distancing" という言葉を使おうと呼びかけていたのだ。 ああ、もうちょっと注意深くニュースに接していればよかった。 よくよく考えるまでもなく、そりゃそうだよね。 この場合はどう見ても、「社会的距離」なんて言うより「物理的距離」と言う方が的確な表現だ。 私が元々抱いていた違和感は正しかったということになる。 今後は自分の言葉センスにもっと自信をもとうと思ったのであった。

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中高年でもわかるフィジカルディスタンスとは?ソーシャルとの違い

フィジカル ディスタンス と は

「ソーシャルディスタンス」という言葉が日本でも使われるようになって久しい。 直訳すると「社会的距離」。 でも、今保たねばならない距離は「物理的な」距離であって、社会との断絶ではない。 大切な人と物理的な距離を保つために会うことを控えたり、会っても2メートル離れるよう気をつける。 でも、物理的な距離を保つからこそなお、精神的にはより一層繋がりたいと願うし、相手への思いは強くなる。 物理的に離れていても、社会としての絆はよりしっかりと繋ぐ必要がある。 それが孤独を和らげる安心材料になる。 人間はそもそもがソーシャルな生き物なのだから。 私は昔から協調性が薄いし、自宅作業も多い。 友人も少ない。 飲み歩くことも稀だ(家ではたらふく飲んでいる)。 それでも社会とは何がしか繋がっていたいと思うものなのだ、とNoteを書くたびに痛感している。 その日に思ったことをつらつらと綴ることもあれば、お芝居を見終えたり、本の最後のページをめくり終えたりした時の感情を、外に向けて発信したくなることもある。 それは、社会的な行為だ。 ねえ、私はここにいるよ。 あなたはどこにいて、何をしているの? モゴモゴと夜な夜な呟いている。 国連もSocial Distancingではなく、Physical Distancingという言葉を推奨しており、Physical Distancingを含めた6つのメッセージを世界のあらゆる人々に行き渡らせるため、先月から各国の言語に翻訳したクリエイティブ作品を募っている。 どんな言葉なら無理なく浸透していくのだろう。 物理的な距離は、心の距離に直結していない。 むしろ心が近いからこその物理的な距離なのだ、ということを、誰でも分かるような優しい、平易な言葉で表したい。 スーパーなどで距離を置いて粛々と並んでいる時、2メートル離れて並んでいることに気づかずに、すっと割り込んでしまう人をspace invader (スペースインベーダー)と呼んでいる友人がいた。 悪気は無かったのだろうが、そういった人を逐一注意するのも、心がカサつく。 covidiot(コヴィディオット)という言葉も頻繁に聞くようになった。 「公衆衛生上推奨される行動を、度が過ぎるくらいに無視している人」の総称だが、この中には、例えばトイレットペーパーの買い占めや、4月1日に首都封鎖があるというデマが流れた時にスーパーに駆け込んだpanic buying (パニック買い)する人なども含まれるだろう。 そういったマイナスな言葉ばかりが広がる前に、なんとか社会との繋がりを強化できるような言葉を思いつけないものだろうか、とむにむにと考えている。 ちなみにこの件でネットを徘徊していたら、Coronaspeckというドイツ語に遭遇した。 「コロナ太り」という意味だ。 パンツにポテッと乗っかっている、人差し指で弾くとペロンペロンとなるお肉のイメージだ。 どうしてそこまでイメージできるのかなんて、聞くまいよ聞くまいよ。 世界中がこんなに同じ経験をしていることなんて、なかなか無い。 だからこそ、優しい言葉を生み出せたら、と思う。 何かないかな。

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「ソーシャルディスタンス」と「フィジカルディスタンス」の違い

フィジカル ディスタンス と は

Contents• フィジカルディスタンスとは こんにちは「うぇすてりあ」です! 最近たまに聞くようになってきた「フィジカルディスタンス」という言葉、これは「ソーシャルディスタンス」となにが違うのか?気になるので私なりに少し調べてみました。 そもそもフィジカルとはなんなのかというと、英語だと「physical」と書きます。 このフィジカルは直訳すると肉体的となります。 フィジカル面(肉体的)とメンタル面(精神面)の向上などの例える時に使う言葉で、スポーツの経験者や詳しい方ならよく聞く言葉でもありますね。 そして今回の「フィジカルディスタンス」とは直訳すると「肉体的距離」になります。 前回の記事でも解説した通り「ソーシャルディスタンス」は「社会的距離」でしたよね。 自粛疲れ 今は「ソーシャルディスタンス」という言葉で、皆さん認識して人との距離を1m~2mの間隔を空けていますよね。 そしてその距離が保てれば感染リスクは少なくなると言われています。 しかし、最近の自粛疲れもあり人間の心も、闇の方向に持っていかれているのも、事実だと思います。 確かにストレスはかなりのモノになっています。 そして自粛警察なんて言葉や行動も、目立つようになってきました。 その中で人と人の心の繋がりも「ソーシャルディスタンス」社会的距離という間隔が、大きく離れてしまってるような気がします。 心の繋がりまで距離が空いてしまうと、孤独感や不安感が多く出てしまいます。 これからの日本の在り方 そこでこの言葉になります。 「フィジカルディスタンス」肉体的距離になります。 肉体的というよりは、物理的距離に近いニュアンスですが、離れるのはその「ソーシャルディスタンス」のように1m~2mの距離だけでいいと思います。 身体的に離れるだけでいいんです。 決して心の繋がりは離さないようにしないと、ストレスや孤独や不安などの闇の部分が増幅されてしまいそうです。 だからこそ、この「フィジカルディスタンス」という言葉が、注目され始めたのでしょう。 尾木ママという通名でも有名な、尾木 直樹さん(日本の教育評論家、法政大学名誉教授)も自身のブログでこの「フィジカル・ディスタンス切り替えに大賛成」という題にて触れていました。 これからの日本は一旦この騒動が落ち着いても、ある程度の制約が出てくるような生活になると思います。 けして人との思いやりの距離は、縮めないようしていきたいです。 「ソーシャルディスタンス」という言葉は世界的に浸透してる言葉ですが、この「フィジカルディスタンス」も、意味も含めて皆さんに認識して出回る位浸透して欲しいですね。 当ブログではこのような情報も記事にしていき、インプットするには「おすすめのサイト」となっています。 内容も多岐に渡り、「」や「」や「」や「」や「」や「」など情報満載になってますので、時間が空いた時にでも他の記事もご覧ください。 これからも日々の疑問やニュースの話題や生活に役に立つ情報や今後の新しい働き方・生き方などの有益な情報の更新はこちらのTwitterからも、告知する場合もあります。 合わせて読みたい記事 うぇすてりあの田舎への移住計画 親の難病介護離職と早期リタイア して軽キャン旅へ Author:うぇすてりあ 当ブログは30~60代「中高年」の 【今・未来の生活】に役に立つ 情報が詰まったブログというより 【日々更新する書籍感覚】の 新しい形となっております。 168• 105•

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