ポニョ 津波。 【都市伝説】崖の上のポニョの世界は死後の世界か? ジブリが仕掛ける怖い不思議な世界│ジブリ都市伝説【裏設定から制作秘話まで】

知ると怖い!ポニョの「津波」に隠された恐怖の都市伝説

ポニョ 津波

この記事で分かること• 「津波」から生まれた都市伝説 「崖の上のポニョ」のストーリー。 それは「 ポニョ」がピンチに陥っていたところを、人間の男の子・宗介に助けられて人間界に興味を持ったところからスタートします。 初めこそは人間世界を気ままに楽しむポニョでしたが、だんだんとストーリーが不安な方向へと向かっていきます。 それは物語が進むにつれて、 津波をイメージさせる描写がたくさん登場するからです。 宗介たちが住む街も例外ではなく、近くの海で大きな嵐が起こったり、その波の躍動感も津波を思わせるダイナミックなものであったりと… どうやら「崖の上のポニョ」には 津波を連想させる要素があるようですね。 そんな都市伝説からか、子供に見せたい可愛らしいアニメである反面、都市伝説を気にして観せるのをためらうママさんも少なくないそう… ポニョは何故「津波」を起こせるようになった? ではどうして、崖の上のポニョと津波が関係してくるのでしょうか? それは魚の子・ポニョに 津波を起こす力があるからだとされています。 幼くまだあどけない姿からは想像もつきませんが、彼女は魔法使いの父と海の女神の母を持つ魚の子。 そのため、やはり彼女も生まれながらにして 魔力と接する環境に身を置いていたはず… Sponsored Link ポニョは初めて宗介と出会った後、父・フジモトによって「海の世界」へと引き戻されてしまいます。 宗介にもう一度会いたいと願う彼女は、何とか人間界に行く機会を得たのですが…その過程で 強い魔力を得ることに。 そしてこれこそが「津波を発生させる力」だったと言われています。 実際、ポニョが人間となって宗介の元にたどり着くため、海に起こした波の上を歩いていくシーンは有名でしょう。 彼女と再会した宗介は喜ぶ一方、周囲やポニョの両親は彼女の魔力が「 悪い結果」を引き起こすのではと心配するのです。 都市伝説じゃなかった…宮崎駿が「津波」に込めた想い さらに、次のような不思議な都市伝説もあります。 何と「崖の上のポニョ」の世界には 津波を悲しむ人がいない。 むしろ「肯定的に捉えている」との都市伝説が存在するのです。 宗介の母が勤める老人ホームの住人たちは津波を怖がっていたものの、他に悲しむ人は見当たらなかった…そんな都市伝説まで上がっています。 ポニョの強い魔力のために津波が起こり、その結果、街がすっかり飲み込まれてしまったわけですよね。 にも関わらず、それを悲しむ人がいない点は確かに 不可解だと言えるでしょう。 さらに宮崎駿監督の描いた津波の世界観が「 やけに澄み切って美しかった」という指摘も… 津波から連想するイメージと言えば、 無力感や恐怖。 この辺が一般的でしょう。 なのですが、そんな気配を一切感じさせない崖の上のポニョの「津波」。 驚きを隠せない人も少なくなかったと言います。 ちなみに宮崎監督いわく「 津波は人の心を浄化する魔法」として、ポニョに特殊な力を与えたのだそう… 「崖の上のポニョ」において欠かせない津波と、それにまつわる都市伝説。 街が飲み込まれてしまうシーンはとても感慨深く、ジブリ作品に込められた想いとは何なのかを考えながら観たい作品です。

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【崖の上のポニョ】津波は予言だった!?シーンに隠された秘密が怖い

ポニョ 津波

CV:所ジョージ ポニョの父で、グランマンマーレの夫。 元々は『海底二万里』に登場する潜水艦「ノーチラス号」の乗組員だったが、人間に愛想を尽かし、グランマンマーレに恋をし結ばれ、海の眷属の魔法使いになる。 しかしフジモト一人が海の女神を独占するわけには行かず、グランマンマーレと離れて暮らし、フジモト一人でポニョやポニョの姉妹達を育てた。 それにも拘らずポニョと姉妹達からは嫌われ、悪い魔法使い扱いされている。 理由はポニョたちは陸や人間達に興味を持っているが、フジモトがそれを止めているためのようである。 普段は海の中にある珊瑚の塔に住み、自作の潜水艦「ウバザメ号」で移動し、海棲生物の増殖や生命の水を溜めている。 巨大な魔力のある生命の水を溜めることで人間の時代を終わらせて、カンブリア紀のような海の時代がまた来る事を夢見ていた。 しかしその生命の水はポニョに奪われてしまう。 その結果、月と地球の接近や、人工衛星の落下、潮汐力増大から来る津波などを引き起こした。 事の収拾をポニョを人間にする事で計ろうとするが、内心ではポニョが人間になることに葛藤があるようであった。 陸に上がる時は肌の感想を気にして海洋深層水を周りに撒きながら歩いているが、リサを初めとした人間達からは除草剤を撒き散らす不審者のように見えている。 グランマンマーレに対しては、なかなか会えない事もあってか、グランマンマーレに会う前は「あの人に会えるかと思うと胸が苦しくなってきた!」とドキドキしていた。 行動が若干から周り気味であり、そんな所が可愛いと女性ファンからの人気が高いキャラクターでもある。 グランマンマーレ ポニョと宗介はリサを探しに出かけていく。 宗介のポンポン船をポニョの魔法で大きくし、ロウソクを暖めて本当の船として進んでいく。 ポンポン船は、船内部に入れた水をロウソクで沸騰させ、蒸気で船が進むという原理のもの。 宗介がそんな難しい事を知っているのが驚きであるが、父が船乗りというだけであり、船に関する知識は豊富なようである。 またこのシーンで宗介は「しめた!」「しめしめ」「上々だ!」と、5歳児とは思えない古臭い言葉を使う。 幼い少年から出る言葉では無いため、何かで見聞きしたのか、親の口調を真似たのかと想像させほんのり微笑ましい。 宗介の操縦とポニョの魔法によって二人はスイスイ先に進んでいく。 途中妊婦に合い、ポニョはお腹が空いた赤ちゃんのために持っていた水筒のスープを妊婦へ渡した。 妊婦がスープを口にすると、ポニョは母親ではなく赤ちゃんに食べて欲しいと怒るが、母の食べた物が乳となって子供の栄養になるのだと教えられる。 順調に道中を進んでいる二人であったが、ポニョは魔法の使いすぎで次第に眠くなり、体力を使い果たして魚の姿に戻ってしまうのであった。 「ひまわりの家」のおばあちゃん達.

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【崖の上のポニョ】津波は予言だった!?シーンに隠された秘密が怖い

ポニョ 津波

見た目がポニョっとしているからという理由で、そうすけに「ポニョ」と名付けられたポニョの本名は、「ブリュンヒルデ」といいます。 ブリュンヒルデというキャラクターは、「ワルキューレ」と呼ばれる、戦場で生きる者と死ぬ者を定める「戦いの女神」姉妹の長女として、 アイスランドの神話をもとに書かれたオペラ「ニーベルングの指輪」に登場していることで有名。 音楽を担当した久石譲が、ポニョが人間になって海上に上がって行くシーン、嵐の波の上を駆け抜けるシーンにつけた「ブリュンヒルデのテーマ」は、このオペラの作曲家ワーグナーさながらの華やかで重厚なオーケストラ楽曲です。 また、そうすけたちがボートに乗った赤ちゃん連れの家族に会い、ポニョがスープを分け与えるシーン。 このスープはトロリとして黄色味がかっており、ブリュンヒルデをはじめとするワルキューレたちが、戦士たちに「ハチミツのお酒」を与えることに由来していると考えられます。 『崖の上のポニョ』では、ポニョが魔法で激しい津波を起こし町が水の中に沈没。 ポニョはかわいいだけでなく、ひとの生き死にを分ける強大な魔法の力を秘めた「戦いの女神」として生まれたことを、ブリュンヒルデという名前で意味しているのです。 そうすけが5歳の子どもでありながら、母親のことを「リサ」父親のことを「こういち」と呼び捨てにしているのが、観るひとにちょっと違和感をおぼえさせます。 ジブリ作品で子どもが親を呼ぶ時には、「お母さん、お父さん」が通常使われていますが、『崖の上のポニョ』のでは呼び捨てなので、これは理由がありそうです。 「お母さん、お父さん」や 「ママ、パパ」では家族間で立場に上下が生まれます。 そうすけの父親は船乗りで留守がち、そうすけも家族というクルーの一員としてリサとともに、平等に家庭という船に乗って行くようにと願いを込めて、リサとこういちは、そうすけに呼び捨てにさせているのです。 実際、そうすけは自分でもモールス信号でこういちと交信したり、家のことをリサを分担してこなすしっかりとした子どもとして描かれています。 『崖の上のポニョ』のストーリー上、ポニョを中心に不思議なことが次々と起こります。 観客は子ども目線で観ていれば、そういうものとして追って行けますが、そうすけの母親リサは、ストーリーの真っただ中で、さまざまな展開に慌てることも、恐怖におののくこともなく受け入れていくのです。 まず、バケツに入った人面魚のポニョを見ても「かわいいじゃない」のひと言でおしまい、ものすごい津波の中を猛スピードで運転、飛ばされそうになったそうすけをキャッチ、波の上を走っている女の子を見ても冷静です。 そして、その女の子がポニョだと言われて、すんなり家で預かりラーメンを食べさせるあたりにも、相当な度胸のすわり具合が見えます。 それは、夫が船乗りでいつも死と隣あわせだと覚悟して、留守宅をそうすけと守っているリサだから。 ちょっとやそっとのことでは動じず、海では不思議なことが起こるものだと知っているので、ポニョの存在を自然に受け止め、大きな愛で我が子を育てている者同士「海なる母」グランマンマーレともママ友感覚で話すことができるのです。 宮崎監督も、リサのキャラクターには「どんな非常事態にも不思議なことにもパニックにならずに、今を乗り切ろうとしていくような母親に、誰もがなってほしいという願望が込められている」と語っています。

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