少女 レイ 歌詞。 初音ミク 少女レイ 歌詞

少女レイ 歌詞『みきとP』

少女 レイ 歌詞

みきとPによる楽曲『少女レイ』の歌詞の解釈を述べたい。 こんな記事を読む人ならば本楽曲の歌詞を通しで読んだりはすでにしたことかと思うが、一応上に貼り付けておいたのでもう一度読んでいただきたい。 この歌詞は、同氏の配布されているオフボーカルデータに添えられていた歌詞データによる。 当初、大きくストーリーは変わらない二通りの解釈を考えたが、動画を通して使用されている絵を踏まえると、その一方に落ち着いた。 ここではその解釈を説明し、もう一方の(却下された)解釈は末尾に付け加えておく。 以下、断定の表現(「〜だ」など)を用いるが、あくまで説明の都合によるものであって、それ以外の解釈は誤りであるという意図ではないことを念の為申し添えておく。 -- 登場人物は2人。 主人公で歌詞の主体である「僕」の少女と、「僕」が「君」と呼ぶ少女だ。 彼女らは同じ高校の生徒で、以前より友達としての付き合いをしていた。 揃いでキーホルダーを使うような仲の良い間柄である。 だが「僕」は、「君」に友達以上の感情を募らせていた。 独占欲からなる愛情だ。 「僕」は「君」を愛していると思っていて、「君」もまた「僕」を愛してくれていると信じていた。 それが真実であったかどうかは、わからないが。 本能が狂い始める 追い詰められたハツカネズミ 今、絶望の淵に立って 踏切へと飛び出した 「僕」はある実験を行った。 その実験は成功したのだろう。 「僕」の高校のある生徒を追い詰めて、自殺に追い込んだのだ。 おそらく、いじめを誘発させて(「僕」が直接そのいじめに参加していたかどうかはわからない)、いじめを苦にした末の自殺だった。 自殺は、生きたいと思うはずの本能に反する行動だ。 本性が暴れ始める 九月のスタート 告げるチャイム 次の標的に置かれた花瓶 仕掛けたのは僕だった ある生徒が死んだのは初夏から夏休みの時期だった。 夏休みが終わって、「僕」はいじめの「次の標的」を定めた。 他ならぬ「君」である。 自殺したその生徒の机に置かれていた花瓶だろうか、それとも別の花瓶だったのかもしれない。 薄笑いの獣たち その心晴れるまで 爪を突き立てる 不揃いのスカート 夏の静寂を切り裂くような悲鳴が 谺 こだま する教室の窓には青空 クラスの生徒達は「君」へのいじめを始める。 いじめるうち、「君」は床に倒れ込んだり、もしくは制服を傷つけるようなことがあったのだろう。 いじめる側といじめられる側で、「スカート」は同じ形をしていない。 「君」は「悲鳴」を上げる。 だが窓の外には絶えず晩夏の蝉の鳴き声で満ちているだけで、空はただ青いだけだった。 「僕」は「君」に甘い言葉を掛ける。 そしてこの「愛」を、愛だと「僕」が思っている関係を繋げていく方法を考えていた。 「僕」は、「君」が受けるいじめが「苦し」いだろうと思う。 だがそれは「君」が「僕」だけを「見て」くれていなかったからなのだという。 「僕」は、「君」がますます「僕」に依存するように振る舞う。 「君」がいなければ「僕」は生きていけないのだという。 「僕」はすでに「君」に依存していたのだ。 「僕」は、自分たちの生きる世界が濁った良くない世界だと考えているのかもしれない。 もっと別の、より良い世界で愛し合いたいと願ったのだ。 そして「君」は自殺を決行した。 繰り返す フラッシュバック・蝉の声・二度とは帰らぬ君 永遠に千切れてく お揃いのキーホルダー 「僕」は見たのだろう。 その後、何度も思い出すのだ。 その光景を、「蝉の声」を、そして「君」は「二度とは帰らぬ」ということを。 この歌詞全体が、「僕」の過去の振り返りだとすれば、まさに1サビと3サビで繰り返されていると取れる。 夏が消し去った 白い肌の少女に 哀しい程 とり憑かれて仕舞いたい 「僕」は願望を述べる。 この願望を叶えるために「僕」は「君」を追い詰めたのだ。 果たして「僕」の試みは成功した。 「君」は少女霊となって、ただ「僕」にしか見えず、「僕」にしか干渉できず、「僕」だけを見てくれるようになったのだ。 「僕」と「君」だけの「透き通った世界」で、「僕」は「君」を愛し続けるだろう。 -- さて、却下されたもう一つの解釈だが、冒頭で死んだのは「僕」である、というものである。 この場合、上で述べた解釈の中で初めに自殺したある生徒とは、「僕」に置き換えられる。 そしていくつかの歌詞の解釈が異なるものとなる。 「僕の手」は死者の手である。 そうすれば「愛し合える」と唆す。 次の標的に置かれた花瓶 仕掛けたのは僕だった 花瓶は「僕」の席に置かれていたものだったのかもしれない。 「僕」はすでに死んでいて、此岸のものには干渉できないのだが、花瓶を「君」の机に置くことだけはできたのだ。 このキスは、彼岸からの導きであると取れる。 「僕」は、「僕」だけの世界に居場所は無く、愛する「君」にこちらに来てほしい、そうして、「僕」と「君」だけとなった世界で愛し合いたい、と考えている。 では、この解釈を否定するものは何かと言うと、動画の絵で、左側の少女にのみ影がある、ということである。 この絵では、左側の少女が右側の少女に手を触れており、余裕が感じられることから、左側の少女が「僕」で、右側の少女が「君」であると考えられる。 「君」に影が無いということは「君」がすでに霊となっていると解釈して差し支えないだろう。 つまりこの絵は「僕」が生きていて「君」が死んでいるという状況なので、「僕」が先に死ぬ解釈は成り立たないのである。 -- 夏が消し去った 白い肌の少女に 哀しい程 とり憑かれて仕舞いたい この部分を端的に言い換えれば、「夏に少女を殺して取り憑かれたい」となる。 ここが最も恐ろしい箇所だと思った。 以上、述べてきたが、解釈が中途半端なところもあるので、そこはご容赦。

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少女レイ 歌詞『みきとP』

少女 レイ 歌詞

語り手がいつも善人とはかぎらない とっても爽やかなサマーソングに、びっくりするほどクズでリアルな生々しい視点の歌詞。 最高にボカロの良さが出ています。 曲・詞ともに、みきとPさん。 いじめ、次の標的は「君」。 「君」は、いわばモルモット的な、 実験で反応を確かめる「ハツカネズミ」でした。 でも少し複雑なのは、 「僕」はイジメに加わらないということ。 それどころか 「僕」はそうやって「悲鳴」をあげる君を 「助け」てあげるのでした。 そこには、支配と愛を混同してしまった 歪んだ愛情表現が見え隠れします。 まるで首を絞めて、失神しそうになるまで追いつめたあと、 耳元でそっと甘い言葉をささやくような。 合意のうえのプレイなら別ですが、 これは完全に マインドコン(洗脳)のやり方です。 自分のせいで犠牲となったのに、 「夏が消し去った白い肌の少女」と言って、 そんな「君」を儚くて美しい悲劇のように描く、 「僕」の異常な自己愛。 そうした感情の動きを、あまりにも爽やかに歌っているわけで、 つまり、 語り手がいつも善人とはかぎらないのです。 「君」は逃げだして「踏切」へ飛びこみ、おそらく自殺してしまいます。 じつは 「友達」というのが伏線になっていて、 いくら追いこんでも「友達」の一線は越えられず、 「愛し合える」関係になれなかったのでした。 支配しようとしていた相手に、 「死」という絶対に届かない場所へと逃げられ、 そちらから 「指を差される」という逆転が起こるのです。 幼稚で未熟な、歪んだ愛情表現。 そしてそれがが失敗していくさまを、 みきとさんは距離をおきつつ、淡々と描いたのではないでしょうか。 しかも シンガーソングライターだと自分自身の人格と混同されかねず、 距離の取り方が難しくなりますし、 といって、代わりに 生身のアイドルに歌わせるにしても、 そのアイドルのキャラクター的にマイナスプロになりかねません。 そういうとき、 機械の声はぴったりなのです。 余計な感情を抑えてあっさりと中和してくれますし、 どんなにエグい歌詞を歌っても、本当の人格ではありません。 しかもアイドル性の強いミクさんの声は、 まさに "爽やかなサマーソング" というフリをしっかり作ってくれています。 語り手がクズだっていいじゃん!的な。 ミクさんは文句を言わないですし、語り手がフィクションで自由だからこそ、 表現が広がっていくのですから。 comaa.

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少女レイ 歌詞『みきとP』

少女 レイ 歌詞

みきとPによる楽曲『少女レイ』の歌詞の解釈を述べたい。 こんな記事を読む人ならば本楽曲の歌詞を通しで読んだりはすでにしたことかと思うが、一応上に貼り付けておいたのでもう一度読んでいただきたい。 この歌詞は、同氏の配布されているオフボーカルデータに添えられていた歌詞データによる。 当初、大きくストーリーは変わらない二通りの解釈を考えたが、動画を通して使用されている絵を踏まえると、その一方に落ち着いた。 ここではその解釈を説明し、もう一方の(却下された)解釈は末尾に付け加えておく。 以下、断定の表現(「〜だ」など)を用いるが、あくまで説明の都合によるものであって、それ以外の解釈は誤りであるという意図ではないことを念の為申し添えておく。 -- 登場人物は2人。 主人公で歌詞の主体である「僕」の少女と、「僕」が「君」と呼ぶ少女だ。 彼女らは同じ高校の生徒で、以前より友達としての付き合いをしていた。 揃いでキーホルダーを使うような仲の良い間柄である。 だが「僕」は、「君」に友達以上の感情を募らせていた。 独占欲からなる愛情だ。 「僕」は「君」を愛していると思っていて、「君」もまた「僕」を愛してくれていると信じていた。 それが真実であったかどうかは、わからないが。 本能が狂い始める 追い詰められたハツカネズミ 今、絶望の淵に立って 踏切へと飛び出した 「僕」はある実験を行った。 その実験は成功したのだろう。 「僕」の高校のある生徒を追い詰めて、自殺に追い込んだのだ。 おそらく、いじめを誘発させて(「僕」が直接そのいじめに参加していたかどうかはわからない)、いじめを苦にした末の自殺だった。 自殺は、生きたいと思うはずの本能に反する行動だ。 本性が暴れ始める 九月のスタート 告げるチャイム 次の標的に置かれた花瓶 仕掛けたのは僕だった ある生徒が死んだのは初夏から夏休みの時期だった。 夏休みが終わって、「僕」はいじめの「次の標的」を定めた。 他ならぬ「君」である。 自殺したその生徒の机に置かれていた花瓶だろうか、それとも別の花瓶だったのかもしれない。 薄笑いの獣たち その心晴れるまで 爪を突き立てる 不揃いのスカート 夏の静寂を切り裂くような悲鳴が 谺 こだま する教室の窓には青空 クラスの生徒達は「君」へのいじめを始める。 いじめるうち、「君」は床に倒れ込んだり、もしくは制服を傷つけるようなことがあったのだろう。 いじめる側といじめられる側で、「スカート」は同じ形をしていない。 「君」は「悲鳴」を上げる。 だが窓の外には絶えず晩夏の蝉の鳴き声で満ちているだけで、空はただ青いだけだった。 「僕」は「君」に甘い言葉を掛ける。 そしてこの「愛」を、愛だと「僕」が思っている関係を繋げていく方法を考えていた。 「僕」は、「君」が受けるいじめが「苦し」いだろうと思う。 だがそれは「君」が「僕」だけを「見て」くれていなかったからなのだという。 「僕」は、「君」がますます「僕」に依存するように振る舞う。 「君」がいなければ「僕」は生きていけないのだという。 「僕」はすでに「君」に依存していたのだ。 「僕」は、自分たちの生きる世界が濁った良くない世界だと考えているのかもしれない。 もっと別の、より良い世界で愛し合いたいと願ったのだ。 そして「君」は自殺を決行した。 繰り返す フラッシュバック・蝉の声・二度とは帰らぬ君 永遠に千切れてく お揃いのキーホルダー 「僕」は見たのだろう。 その後、何度も思い出すのだ。 その光景を、「蝉の声」を、そして「君」は「二度とは帰らぬ」ということを。 この歌詞全体が、「僕」の過去の振り返りだとすれば、まさに1サビと3サビで繰り返されていると取れる。 夏が消し去った 白い肌の少女に 哀しい程 とり憑かれて仕舞いたい 「僕」は願望を述べる。 この願望を叶えるために「僕」は「君」を追い詰めたのだ。 果たして「僕」の試みは成功した。 「君」は少女霊となって、ただ「僕」にしか見えず、「僕」にしか干渉できず、「僕」だけを見てくれるようになったのだ。 「僕」と「君」だけの「透き通った世界」で、「僕」は「君」を愛し続けるだろう。 -- さて、却下されたもう一つの解釈だが、冒頭で死んだのは「僕」である、というものである。 この場合、上で述べた解釈の中で初めに自殺したある生徒とは、「僕」に置き換えられる。 そしていくつかの歌詞の解釈が異なるものとなる。 「僕の手」は死者の手である。 そうすれば「愛し合える」と唆す。 次の標的に置かれた花瓶 仕掛けたのは僕だった 花瓶は「僕」の席に置かれていたものだったのかもしれない。 「僕」はすでに死んでいて、此岸のものには干渉できないのだが、花瓶を「君」の机に置くことだけはできたのだ。 このキスは、彼岸からの導きであると取れる。 「僕」は、「僕」だけの世界に居場所は無く、愛する「君」にこちらに来てほしい、そうして、「僕」と「君」だけとなった世界で愛し合いたい、と考えている。 では、この解釈を否定するものは何かと言うと、動画の絵で、左側の少女にのみ影がある、ということである。 この絵では、左側の少女が右側の少女に手を触れており、余裕が感じられることから、左側の少女が「僕」で、右側の少女が「君」であると考えられる。 「君」に影が無いということは「君」がすでに霊となっていると解釈して差し支えないだろう。 つまりこの絵は「僕」が生きていて「君」が死んでいるという状況なので、「僕」が先に死ぬ解釈は成り立たないのである。 -- 夏が消し去った 白い肌の少女に 哀しい程 とり憑かれて仕舞いたい この部分を端的に言い換えれば、「夏に少女を殺して取り憑かれたい」となる。 ここが最も恐ろしい箇所だと思った。 以上、述べてきたが、解釈が中途半端なところもあるので、そこはご容赦。

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