イスラム 教。 イスラム教の教えと特徴は?食事のルールや食べてはいけないものも

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イスラム 教

この記事の目次• イスラム教とキリスト教は同じ神?いったいどうゆう事? 日本人にはなじみ深いキリスト教。 一方、よく知らないことも多いイスラム教。 実は、この2つの宗教は、起源が同じであることをご存知でしょうか? キリスト教とイスラム教は、中東の同じ起源から派生した宗教。 歴史・伝統とも共通点も多い反面、神学上は大きく違う点も持ち合わせています。 どちらも「アブラハムの宗教」と呼ばれます。 キリスト教 クリスチャンは地上に人間の形をまとって現れたイエス・キリストを信じ、神をより知ろうとすることに焦点を当てます。 キリスト教におけるヤハウェ 西方教会ではヤハウェ(エホバ)は「父なる神」と同一視することが多く、東方教会ではヤハウェはイエス・キリストの神格としての名前とされることが多いのです。 イスラム教 アラーという人智を超越した唯一の神を信仰します。 アラーは全ての善と悪の源で、世界のすべては神の意思で起こると考えられています。 イスラム教におけるヤハウェ アラビア語の「アッラーフ」は、英語の「ゴッド」と同じです。 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の唯一絶対の神としての存在。 ただし、考古学的に見た場合、ヤハウェとアッラーフは別の物だとされます。 イスラム教とキリスト教は同じ神なのになぜ言っている事が違うの? 宗教というものは、その土地でもともと信じられている神や、その民族が持っている文化によって容易に変化します。 キリスト教では、カソリック・プロテスタント・ギリシャ正教(ロシア正教)などがあります。 アメリカという一つの国にあって、同じ宗派であっても白人の協会と黒人の協会ではミサの形式にも違いがあります。 「神は全知全能であり、唯一の存在だ」と言われますが、さまざまな矛盾を感じることもあるでしょう。 エホバ(唯一の神)の言葉は「預言者」という人間を通じる形で人々に伝えられると考えられています。 「唯一神」と人間の文化に生じる違いを埋め合わせ発明とも言えるのかもしれません。 イスラム教は「最後の預言者」ムハンマドが記したコーランを経典としています。 一方イエス・キリストもまた「預言者」です。 日本人からすると同じ神の預言なのに、それぞれの信者が敵対することに矛盾を感じてしまいます。 しかし、いつの時代も宗教は政治と結びつき、純粋な信仰心とは違う方向へ向かってしまうこともあります。 本当に神が存在するのか、全知全能なのかはわかりませんが、それを信じる人にとっては「絶対の存在」であるのです。 イスラム教とキリスト教は同じ神だけど、ここが違う! 起源を同じくするはずの2つの宗教がここまで違ってしまった大きな理由の一つは、イエス・キリストをどう解釈するかということです。 イエスを重要視するか否かが、この大きな2つの宗教の根源的な分岐点の一つともいえるでしょう。 イスラム教 イエスは重要な予言者6人(アダム、ノア、アブラハム、モーセ、イエス、ムハンマド)のうちの1人ですが、神の言葉を正しく伝えたのはムハンマドだけだとされています。 それを正しく伝えようとコーラン編集したのが後継者のマホメット。 ユダヤ教に近い厳しい戒律や偶像崇拝の禁止などが良く知られています。 キリスト教 イエスは人間の内なる罪を悔い改めて赦されるなど、ユダヤ教よりも人間の内面に関わる内容が多くあります。 イスラム教(アッラー)とキリスト教(ゴッド)の神様について イスラム教もキリスト教も、もとをただせばユダヤ教から派生したもの。 ユダヤ教で唯一にして絶対の神であるヤハウェは、キリスト教の中でも「創造主」とされています。 ヤハウェ(ヤーヴェ、ヤハベ、エホバとも)は、もともと一部族神でしたが、ユダヤ教の成立により民族的な唯一神となったのです。 この神は、イスラム教においてのアッラーとも、もとは同じ神を指しています。 ヤハウェは人間の姿をして表すことはできないとされ、偶像崇拝を禁止しています。 キリスト教で多くのキリスト像やマリア像はありますが、ヤハウェの像は作られません。 紀元前10世紀、ヘブライ王国のソロモン王がエルサレムにヤハウェ神殿を築きますが、破壊と再建を繰り返し、現在はその一部が残されています。 これは、ユダヤ教にとって重要な信仰の対象「嘆きの壁」として、多くの信者が訪れています。 イスラム教とキリスト教の神は同じ・・では、仏教は? 中東や欧米の宗教が、ユダヤ教という一つの宗教から分かれて行ったことを見てきました。 では、仏教はどうなのでしょうか。 「仏」とは、「心理に目覚めた人」という意味で、釈迦を尊敬して呼ぶ呼称でした。 後世になり、仏教が多くの仏が存在する「多仏思想」になると、大日如来や阿弥陀仏など「永遠の存在としての仏」という思想が生まれます。 当初は無神論に近かった仏教も、永遠の存在として「仏」の存在を認めるようになっていきました。 釈迦は紀元前6世紀頃にインド・ネパール地方の小さな国の王子でした。 29歳で妻子を捨てて出家し、6年もの苦行生活に入ります。 しかし、苦行では悩みは解決されないと悟り「中道」という考えに至ります。 釈迦の本名である「ブッダ」に漢字をあてた「仏陀」の略称が「仏」となり、宗教的聖者を表す意味に変わっていきます。

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イスラム教の伝説に登場する幻獣・怪獣・悪魔たち

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イスラム教 イ ス ラ ム 教 TERUO MATSUBARA イスラムとは、唯一神・ アラーに絶対的に帰依する( =すべてをゆだねる ) という意味である。 今、世界にはイスラム教徒が 13億人いると いわれている。 1980年に世界全体の18%だったイスラム 教徒の人口は、2000年には20%を超え、 世界の人口の5人に1人の割合である。 2025年には30%という予想がある。 イスラム教徒の分布は 右地図の通りだ。 アフリカの北部から中東( 西アジア )、中央 アジアにかけてその割合は高い。 南アジアか ら東南アジアにかけては、 インドネシア、マレ ーシア、パキスタン、バングラデシュなどがイス ラム教徒が多数を占める。 イスラム教は アラーの神を信じるとよくいうが、アラーという言葉自体が 「 神様 」 を意味する。 また、イスラム教徒のことを ムスリムというが、これは 「 神に帰依する人=神にすべてをゆだねた人 」 という意味である。 イスラム教は、イスラム教が生まれる前に存在していた宗教をすべてまとめる最後の宗教という立場に立つ。 キリスト教で説くような 「 神の子 」 は存在 しない。 イスラム教をおこした ムハンマドもまた、『 旧約聖書 』 に出てくるノア、モーゼ、ヤコブ、『 新約聖書 』 のイエスと同じように、神からの 預言者の 一人で、最後の預言者という受け止め方である。 預言者とは、神からの言葉を預かった人という意味で、予言者ではない。 キリスト教の場合は、カトリックだと神父さん、プロテスタントだと牧師さんが、信者と神様の仲介者として存在す るが、イスラム教には存在しない。 信者一人一人が神と直接向かい合うのである。 このアラビア語で書かれた 『 コーラン 』 は、ムハンマドに下された神の啓 示を集めたものとされ、 イスラム教の聖典として、114章から成り立っている。 『 コーラン 』の中には、宗教的教えだけでなく、日々の服装、飲食など個人の 生活から、商売上の契約、国家の政治・経済、法律、戦争処理の規則まで規 定されている。 社会主義や平等主義の教えが色濃く、神への絶対的服従が 再三説かれている。 信者はすべてこの教えにしたがって生活し、コーランを 学ぶことは、イスラム教徒の義務である。 サウジアラビアは イスラム教発祥の国だけあって、『 コーラン 』に基づいて 国家運営が厳格に行われている。 国営のコーラン印刷所もあり、ここから世 界に無料で配布される。 サウジアラビアは、コーラン普及の役割を担う。 第4代アリーの時に指導者争いが起きた。 アリーに対立したのはウマイヤ家のムアーウィヤだった。 アリ ーは暗殺され、イスラム教の指導権はウマイヤ家が握ることになりウマイヤ朝が開かれ、これがスンニ派につな がる。 一方、シーア派はアリーとその子孫たちが後継者であると主張し、スンニ派と対立してきた。 【スンニ派】 スンニ派は正統派( 多数派 )とも呼ばれ、全イスラム教徒の90%程度を占める。 ムハンマドの言葉・行動のことをスンナといい、コーラン解釈の唯一のよりどころとしてきた。 スンニ派とは、ス ンナを理想とし、従う人々の意味である。 ウマイヤ朝以後の歴代のカリフ( 後継指導者 ) を正統と認める。 考 え方には柔軟なところがあり、スンニ派が多数の国では近代的な国づくりを進めるところも多い。 【シーア派】 一方、スンニ派のような現実への妥協を許さず、ムハンマドの理想を追求しているのが シーア派である。 ム ハンマドの娘の夫アリー ( 4代正統カリフ ) とその子孫をムハンマドの後継者とする。 ペルシャ ( イラン ) の 国教ともなった。 現在でも、シーア派はイランで大きな勢力を持つが、シーア派はイスラム教徒全体の 10%程 度で、コーランの教えをより厳しく守るとされる。 スンニ派はムハンマドやカリフをただの人間とみなす。 シーア派は指導者をイマームと呼び、神格化していく。 六信五行 六信 とは、イスラム教徒が信仰するものをさす。 1)神・アラー 2)天使 神と人間の中間的存在。 神によって創造され、神の命令を伝える存在。 特に、ムハンマド に神の啓示を伝えたガブリエルが最上位の天使とされる。 3)聖典 『 コーラン 』 4)預言者 ムハンマドが最後の預言者。 彼を通して神は聖典である『 コーラン 』を啓示した。 5)来世 イスラムの教えだと、復活の日に人はよみがえり、神の前で 最後の審判 を受ける。 その時 に、現世の行動について神によって裁かれ、正しい行いをしてきた者は天国へ、信仰せずに 不義をなした者は地獄へ行く。 6)予定 過去・現在・未来において、世界に起こる一切のこと、人間の行為すべては、あらかじめ神に よって定まっている。 メッカの方角を指していて、イスラム教徒はその方角に向かって祈る。 どこにいてもメッカの方角がわかるようになっている。 ・ ・ 金曜日が安息日 イスラム教では、 金曜日が安息日となり、 モスクと呼ばれる 寺院に行って祈る。 礼拝・断食・巡礼は世界中のイスラム 教徒が集団で行うので信徒の連帯を強化する役割を持つ。 宗教的義務による喜捨を ザカートといい、自発的な喜捨を サダカと呼ぶ。 喜捨は、1年以上一定の資金を有する人、収入のある人に課せ られる。 最近では、個人の任意の支払いに変ってきたが、パキス タン、サウジアラビア、リビアなどイスラム色の強い国では、政府 による徴収が行われている。 罪を犯しても、断食や巡礼によって清められるとイスラム教は 説く。 何年もお金をためて、遠い異国から来た者もいる。 巡礼 者は白い布を体にまとって神殿へ行く。 カーバ神殿へ巡礼に 来た者は、キスクという中央の黒い布に覆われた建物の周囲を左回りに7回回る業を行う。 大人に なってから犯した罪を清める意味があるという。 偶像崇拝を禁 止しているイスラム教なので、カーバの壁面には、アラーの言葉 が書かれてある。 イスラム教徒の生活 イスラム教徒の女性の服装に関しては、 「 イスラム教徒の女性 」 のサイトに説明があります。 偶像崇拝を禁止している。 偶像崇拝とは、木・石・土・金属などで作った像を信仰の対象としておがみ、大切にすること。 イスラム教 では、アラー以外に神は存在せず、崇拝するのはアラーだけである。 したがって、 偶像や人間、自然に対 する崇拝は許されない。 ムハンマド本人に対する崇拝も認められない。 偶像は、神・アラーをおとしめるものだと考え、偶像崇拝を禁止している。 イスラム教の寺院には、神の 像は全く見られない。 酒を飲んではいけない。 『 コーラン 』 では、酒を厳格に禁止してはいないが、酔ってはいけないとしている。 神を忘れ、礼拝を怠 ることにつながるからだ。 しかし、エジプトやトルコなどには国産のビールがあり、国民の間に飲酒が定着 している国もある。 こうした国ではイスラム過激派・政治運動家が飲酒の習慣に反対している。 同様、神経を刺激するという理由で麻薬の使用も禁じられている。 毎日新聞・2002年2月の記事より イスラム教国・パキスタンは禁酒国である。 空港でアルコールの持ち込みが見つかれば没収である。 紙パックの日本酒を見破られた日本人もいる。 禁酒国ではあるが、国産ビール工場がある。 キリスト 教徒など人口の約3%を占める非イスラム教徒やイスラム教徒ではない外国人は登録すれば購入でき る。 ムシャラフ大統領は穏健派のイメージがあり、最近は税関でのチェックがゆるんできているそうだ。 豚肉は食べてはいけない。 理由は「コーランに書いてあるから」=神様がダメと言っているから食べないというのだ。 宗教とはそういうものである。 コーランには理由は書いてないが、ブタは 不潔な動物とされていたことや、ブタ肉が原因とみられる病気がアラビア半島で流行していたためだろうといわれている。 また、 カニやエビなどの甲殻類もタブーである。 牛・羊は食べるが、イスラム風に厳格に決められた儀式にしたがって殺したものでないと食べてはならず、異教徒が殺した動物を食べる ことも禁止している。 具体的に は、頚 ケイ 動脈を切って殺害した動物の肉しか食べてはいけない。 イスラム諸国は、冷凍肉や缶詰を輸入しない。 生きたままの動物を船に積んで、イスラムの方式 にしたがって殺して食べる。 また、羊の頭 脳みそ を食べるのは最高の客とされている。 日本に住むイスラム教徒は肉を食べるのが困難である。 日本の肉屋で販売されている肉は、多くが扼殺 ヤクサツ/殴り殺すこと されたり、電気ショックで処理されてい るものがほとんどだからである。 ただし、食事に関する規定についてもムスリムに様々な考えがあり、チャーシュ ブタ肉 のラーメンが好きな日本で働くイラン人もいる。 2000年には、インドネシアの味の素で発酵菌の栄養源を作る過程で触媒として豚の酵素を使用していたために日本人技術者1人を含む味の素工場幹部4人が逮捕され る事件が起きた。 イスラム法において合法なものの事をハラールといい、非合法なもののことをハラームと いう。 ハラール認定とはイスラム教徒が食べてもいい食品を認定することで、認定を得ればハラールマークが発行される。 左手は不浄の手であり、物の受け渡しに使わない。 左手は用便の後始末に使い不浄の手になっている。 食事は右手の3本の指で食べる。 イスラム教の国に行ったら、左手の握手はしないように気をつけなくてはな らない。 ばくち かけ事 をしてはいけない。 サウジアラビアにあるイスラム多国籍企業にアルバラカグループがある。 鉄鋼・機械・農業などの事業 を行うが、 イスラム教が禁止する豚肉や酒は扱っていない。 アルバラカグループの銀行は 無利子銀行 である。 コーランの教えにかなっているとして、イスラム教徒はこぞって預金をしている。 この銀行では、 預金で集めたお金を運用している。 企業のために機械を買って、貸すなどの方法をとる。 企業が利益を 上げれば、機械の代金と手数料を払ってもらい、その機械は企業の所有物になる。 企業が損をすれば、 機械を引き上げ、銀行もいっしょに損をすることになる。 銀行は企業と利益・損失を共にするのだ。 預金者は、利子の代わりに銀行から配当を受けるしくみになっている。 銀行が資金運用で利益を上げ たら、銀行2割、預金者8割で還元する。 銀行が運用に失敗したら、預金者は元本割れもありうる。 預金 者・銀行・企業の3者が等しく利益と損失を分かち合うシステムがある。 結婚は商取引と同じく契約が必要である。 契約式では、離婚の際の慰謝料も決めておく。 イスラム社会では、 男性は最高4人まで女性を妻にすることができる。 が、あくまで例外的な措置で、複数の 妻を迎える時は、それぞれの女性の合意が必要になる。 また、多額の結納金や結婚後の生活費がかかるの で、男性にそれだけの経済力が必要になる。 そして、男性はそれぞれの女性を平等に扱わなくてはいけない。 このしくみができた時は、戦争で多数の男性が死に、妻や子どもが残され、このままでは結婚できない女性が 多く生まれるという状況があった。 一夫多妻は、一種の社会政策として生まれたものだ。 しかし、イスラム社 会の男性が、みんな複数の妻を持っているわけではない。 2人以上の妻を持つのはまれで、ほとんどの家庭 は一夫一妻である。 また、離婚に関しては、イスラムでは、夫は離婚の意思を3回唱えるだけで離婚が成立する。 【ジハード( 聖戦 )】 ジハード ( 聖戦 )のアラビア語での本来の意味は 「 神の道における努力で、邪悪な欲望と戦い、信仰への 真摯( シンシ )な心を持ちつづけること 」 である。 この大切な信仰を妨げるものが現れたら、命を惜しまずに その敵と戦うようにとコーランは教えている。 自殺はイスラムの教えに反するが、神の敵と戦う聖戦の中で亡くなるのは殉教とみなされ、天国に迎えられる と考えている。 かつて、ムハンマドはメッカの人々に教えを説いたが、大商人たちから経済的利益を脅かすとし て、迫害を受けたことがある。 622年、ムハンマドはメディナに移住して共同体を作り、かつて、ムスリムを迫害 した者に対するジハードを起こした。 ジハードは個人の義務ではなく、イスラム共同体の集団的義務と考えら れ、イスラム布教の手段とされた。 最近、イスラム社会にも変化が出てきた。 政治面では、ヨーロッパ風の法律を採用し、政治や経済も近代化されてきた。 豊富な資源によって豊かにな り、近代化・産業化が進んだ。 その結果、貧富の差が拡大し、失業やインフレなどの経済問題が発生した。 政治家は国を私物化し、国民のことを考えず、政治腐敗が進んだ。 また、イスラム社会には欧米文化がいろんな形で入っている。 国や社会によってどれだけイスラムの教えを 守っているか、差がある。 例えば、 「 酒を飲んではいけない 」 とコーランに書かれてあるのに酒を飲む人、 「 女性は公の席で肌を見せてはいけない 」 のに、肌や顔を出す女性が出てきた。 多くの国では、女性たちは 黒いベールを脱いで社会に進出している。 こうした現状に対して ( これは欧米とつきあうようになったからだ )と考え、 ( 神の前ではみな平等という イスラ ム教の理想・本来の教えに戻ろう )という運動を起こす人が出てきた。 こうした人たちを欧米の人は、 イスラム 原理主義と呼ぶようになった。 自分たちでそう呼んでいるわけではない。 したがって、イスラム原理主義の人 たちは、変化の原因となった欧米諸国、特にアメリカを 「 敵 」 とみなしている。 イスラム原理主義者にとって、欧米文化は堕落したものとして映る。 そして、貧富の差が拡大したので、原理 主義者の組織は、社会福祉に力を入れ、貧しい人たちの支持を獲得している。 原理主義自体は暴力的ではな いが、少数派なので、穏やかな方法では主張を通すことができないと考えている。 その結果、過激な行動に走 る人がいて、欧米主導の中東和平に反対してテロ活動を行うグループもある。 (例) ヒズボラ ( イランの支援を受けてイスラエルに対抗しているレバノンのシーア派民兵組織 ) ハマス ( 1987年結成。 パレスチナ暫定自治を否定し、イスラエルに対するテロ活動を展開 ) イスラム原理主義は主流派ではない。 ハマスの本拠地でのハマスの支持率は17%( 2000年8月 )で、そ の時々の政治・社会状況によっても変ってくる。 経済的に豊かで、自由な社会ではイスラム原理主義は育たな い。 一般のイスラム教徒の中にイスラム原理主義の支持者が生まれ、そのごく一部がイスラム過激派という構 図で、イスラム過激派への支持率となると、0.01%以下となる。 イスラム原理主義はすべて危険というわけではない。 エジプトのムスリム同胞団、パキスタンのイスラム協会 など穏健な原理主義組織は議会制民主主義を認め、議会に議員を送っている。 【テロに走る過激派】.

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エジプトのモスクでコーランを誦む女性。 コーランは声に出して誦むのが正しいとされる。 この女性も小声で熱心にコーランを誦んでいた。 六信五行とは「6つの信じるべきこと」と「5つの行うべきこと」。 イスラム教徒の最も大切な義務です。 具体的には、次のことを指します。 (参考:「」) その 「生きるルール」で最も重要なのが「六信五行」です。 「六信」の内容 イスラム教の聖典コーラン。 アラビア語で書かれている。 コーランには信者が守るべき神の命令なども記されている。 (イスラムの神を アッラーと言いますが、これは 「神」を意味するアラビア語です。 ) その「神」についての大原則は、「 唯一」だということ。 「汝らの神は唯一なる神。 そのほかに神は絶対にない。 」 (『コーラン』2章158節) 日本では「よろずの神」と言ったりしますが、イスラムではありえません。 「神は唯一」という点ではキリスト教もユダヤ教も同様で、これらを「 一神教」といいます。 神と人間との連絡係のような役割を担っています。 代表的なのは、コーランを預言者ムハンマドにもたらした「 天使ジブリール」です。 他にも、人間の毎日の行動を毎日チェックする天使もいます。 誰でも右肩には 善行を記録する天使が、左肩には 悪行を記録する天使がいます。 この記録された善行と悪行が、 終末の日に神の前で審判にかけられ、 善行の方が多ければ天国へ行けることになっています。 神の言葉を「啓示」といいます。 イスラムでは代表的なものが「コーラン」(正確にはクルアーン)です。 この他イスラムでは、ユダヤ教の「旧約聖書」、キリスト教の「新約聖書」も同じ神から下された啓典として認めています。 ただそれらの啓典は、「人間が神の言葉を正しく理解せず歪曲してしまった」と考え、 コーランこそが「神が与えた最後で最高の言葉である」とされています。 (「 予言者」ではありません) イスラムでは預言者はムハンマドですが、ユダヤ教の モーゼやキリスト教の イエスも預言者として認めています。 コーランでは原初の人間アダムをはじめ25人の預言者が紹介されています。 それらのうち 最後で最も偉大な預言者がムハンマドです。 イスラムでは、「 現世は仮の世界、来世こそ本当の人生」です。 来世にあるのは天国と地獄。 上記の最後の審判で生前の善行が多い人は天国へ、悪行が多い人は地獄へ行きます。 そこから先が「永遠の生」です。 つまり天国へ行った人は永遠に天国に住み続け、地獄へ行った人は永遠に地獄で生き続けなければならない。 日頃あまり礼拝しない人やお酒をたしなむ方も、天国の存在は堅く信じています。 神アッラーは全知全能であり、その全知全能の神がこの世のすべての物事を決めると考える。 これがイスラムの基本です。 未来も神が決めること。 「人間がいつ死ぬかも、神によって決められている」とイスラム教徒たちは考えます。 「 インシャーアッラー」という言葉があります。 これは「神が望むなら」という意味で、イスラム教徒が未来のことを語る時、必ず「インシャーアッラー」を付け加えます。 人間が未来を決めるなど、おこがましいと考えるからです。 ただし人間の努力が無駄とは考えません。 「やることはやる、そのあとは神にまかせる」というスタンスです。 (参考:) 「五行」の内容 エジプトのモスクで礼拝を行う女性たち。 足が悪く座って礼拝を行うことができない人は、椅子に座ったまま行うことが許されている。 「六信」で神アッラーや預言者の存在を信じるべきと書きましたが、信者は信じるだけでは不十分。 行動が伴わなければ、本当の信仰とは言えません。 その行動規範で最も基本になるのが「五行」です。 「アッラー以外に神はない」は、「神は唯一」という意味。 先に出てきましたね。 イスラム教徒たちは、この言葉を礼拝のたびに唱えます。 イスラムに入信するには、この言葉を2人の男性の証人の前で唱えます。 イスラム圏の多くの地域では、生まれたばかりの赤ん坊の耳元で、親がこの言葉を唱えることになっています。 夜明け、正午、午後、日没、夜の5回です。 礼拝は必ずしもモスクで行う必要はなく、清潔な場所ならどこで行っても良いことになっています。 モスク以外での礼拝が、価値が下がるわけではありません。 礼拝中に唱える言葉(アラビア語)や行う動作は、世界中のムスリムで共通です。 財産とは、1年以上所有している現金、農作物や家畜などを指します。 現金の場合、全体の2.5パーセントが喜捨の対象です。 受け取る人は、貧者や困窮者、ザカート管理者、戦士、旅行者などです。 「(集まった)喜捨の用途は、まず貧者に困窮者、それを徴収して廻る人、心を協調させた人、奴隷の見受け、負債で困っている人、それにアッラーの道(回教の伝播活動)、旅人」 (『コーラン』9章60節) 義務の喜捨を「ザカート」、自発的に喜捨することを「サダカ」といいます。 喜捨した人は善行をしたことになり、それだけ天国に近くことになります。 「ラマダン」は断食と勘違いされますが、「イスラム暦9月」のことです。 1ヶ月にわたる断食はさぞかしつらいと思われますが、これは日中だけ。 そして病人、妊娠中の人、旅人、戦闘中の戦士などは免除されています。 五行のうち巡礼だけは、経済的・体力的に可能な人だけが行けば良いことになっています。 巡礼には義務の巡礼( ハッジ)とそれ以外の巡礼( ウムラ)があり、ここでの「五行」の巡礼は、義務の巡礼である「ハッジ」を指します。 世界でなぜイスラム教徒が増え続けているかがわかります。 これ1冊でイスラムのイメージが変わります。

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