ガンジス 川 遺体。 人が死んだらガンジス川に流すって本当ですか?

インドのガンジス川に関するウソ・ホント

ガンジス 川 遺体

コンテンツ• ガンガーとは インド文明発祥の源インダス川、チベットに源を発し、バングラディシュでガンジス川と合流し、ベンガル湾に注ぎ込むブラマプトラ川、そして沿川に多くの聖地を持つガンジス川の3川を称して 【インド3大聖河】と呼びます。 2,500㎞にも及ぶ長大なガンジス川は、7本の支流をも持ち古からインド亜大陸を潤し、そこに住む人々を守ってきました。 この ガンジス川を神格化したものが女神ガンガーです。 ガンジス川はヒマラヤに源がありますから、ここでガンガーと結びついたのでしょう。 ヒマラヤの娘だった頃には別の名前で呼ばれていたのではなかいと思います。 ガンジス川は現在でも【聖なる川】としてヒンドゥー教徒の信仰の場であり、この川で沐浴すれば罪は清められるという考えや、死後遺体を焼いた灰をガンジス川に流せば解脱できると信じられているそうです。 水の入った壺 壺は川の神なら当然の持ち物だと思われます。 水を溜めておくには壺が一番ですよね。 ガンジス川巡礼の人々は壺にガンジス川の水を入れて家に持ち帰るそうです。 ガンガーの別名 1. バドラソーマ 【神聖な飲み物】という意味がバドラソーマにはあります。 もともとソーマというのが【神々の飲み物】という意味ですから、ガンジス川の水は聖水と見なされていたのでしょう。 神々はソーマを引用して、鋭気と知恵を養ったと言われています。 ハラシェーカラー 【シヴァ神の頭髪】という意味です。 シヴァ神との関わりについては次に詳しく説明しますが、シヴァ神の絵には、髪の中に口から水を吹いている女性の顔が書いてあるものがあります。 この顔がガンガーだと言われています。 ガンジス川の女神 理由は言わずもがなですね。 ガンジス川を神格化したのがガンガーですから。 ガンガー=ガンジス川というわけです。 彼女はシヴァの妻パールヴァティの姉妹と書かれているものもありますが、一説ではシヴァの妻の一人とも言われています。 ガンジス川 天から地へ 伝説によると、ガンジス川は地上を流れる川ではありませんでした。 維持神ヴィシュヌの指先を流れ下って天界を潤していた【空の川】だったというのです。 しかしある時、コーサラ国王サガラの6万人の王子が地下の世界で殺されるという事件が起きました。 両親も祖父母達も息子達を弔いたかったのですが、供養することができなかったのです。 なぜなら、6万人を供養するには地上で供養しても効果はなく、ガンジス川の神聖な水で浄めるしか方法はなかったからです。 と言ってもガンジス川は天上を流れる川、人間がそこに行けないのだから、ガンジス川に地上へ降りてもらわなければならない…と神々は考えたのです。 ガンジス川の水を地上に流そうという壮大なプロジェクトが立ち上がりました。 まずはガンジス川=ガンガーに地上に降りてもらうため、サガラ王の孫バギラタ王は潔斎沐浴し、苦行しながらガンガーに祈りました。 この祈りを聞き入れたガンガーは地上に降りることを了解したのですが、そのまま降りてこられては困るのが地上です。 一気に大河の水が流れ込んでは地上は洪水被害に襲われてしまいます。 神々はワンクッション置いて勢いを弱めようと考えました。 そこでシヴァに助けを求めたのです。 シヴァ神は自分の髪の毛でガンジス川の流れを受け止め、勢いを弱めてから地上に流したと言います。 この水で6万人の遺体は浄められ、供養することができたそうです。 こうしてガンジス川は地上へ降り、天の川から地上の川に姿を変え、広大なインド大陸を潤す聖なる川となったのです。 ところで、シヴァが髪でガンジス川の水を受け止めると知ったガンガーは 「ガンジス川は激しい流れ。 こんな強い流れをシヴァ神の髪の毛だけで受け止めきれるはずがない」とたかをくくっていたと言います。 ところがシヴァは見事に役目を果たしました。 ガンガーにバカにされたことを知った シヴァは激怒し、彼女を自分の髪の中に閉じ込め、数年も監禁し続けたと言われています。 それが シヴァ神の髪の中にガンガーがいるとされるハラシェーカラーの由来と言われています。 エンタメ世界でのガンガー 東方プロジェクト 『東方憑依華』 ガンガーの一滴 主人公のひとり聖白蓮の必殺技が 【ガンガーの一滴】と言います。 聖白蓮が真上に投げたヴァジュラが巨大な光の剣となって落下するというビジュアルです。 天から地上へと落下するガンジス川をイメージしたかのような技です。 ハヌマーンの舞、ガルーダの爪、インドラの雷、ドゥルガーの魂、スカンダの脚などインド神話に関連した技の名前が多数登場します。 ガンガー~神格化されたガンジス川の女神~ まとめ ガンジス川を降ろすときにはケンカしていたガンガーとシヴァ。 なぜ夫婦という説もあるのかと不思議でした。 しかし、自分の悪口に腹を立てて髪の毛に監禁したものの、長い間一緒にいるので、お互いに情が移り、結ばれてしまったのではないかと考えてしまいました。 やはり、シヴァは人間くさい神様ですね。 最後まで読んでくださってありがとうございます。 マイベスト漫画は何と言っても山岸凉子の『日出処の天子』連載初回に心臓わしづかみにされました。 「なんでなんで聖徳太子が、1万円札が、こんな妖しい美少年に!?」などと興奮しつつ毎月雑誌を購入して読みふけりました。 (当時の万札は聖徳太子だったのですよ、念のため) もともと歴史が好きだったので、興味は日本史からシルクロード、三国志、ヨーロッパ、世界史へと展開。 その流れでギリシャ神話にもドはまりして、本やら漫画を集めたり…それが今に役立ってるのかな?と思ってます。 現在、欠かさず読んでいるのが『龍帥の翼』。 司馬遼太郎の『項羽と劉邦』は有名ですが、劉邦の軍師となった張良が主役の漫画です。 頭が切れるのに、病弱で美形という少女漫画のようなキャラですが、史実ですからね。 マニアックな人間ですが、これからもよろしくお願いします。

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[閲覧注意] インド・バラナシのガンジス川で遺体を撮影する死の写真家の作品集「Sleeping Beauty, India」

ガンジス 川 遺体

聖なるガンガー 宿をでて、熱気あふれる市場を通り抜けると、行く手に幅広い川がみえる。 午後の光をうけてキラキラ輝く。 聖なるガンガー。 ガンジス川のことだ。 「死体と汚物が並んでぷかぷか浮いている」 「あまりの汚さにコレラ菌でさえ3時間しか生きられない」 「外国人がガンジス川で泳ぐとほぼ全員が赤痢にかかる」 などなど、えげつない話ばかり聞かされていたのだが、カトマンズの真っ黒なドブ川を見た後だったので 「案外、きれいやん?」 というのが最初の感想だった。 チャイ色の大河。 だけど……きれいとか、きたないとか、そんな尺度では測れないことに、やがて気がつくのだ。 ガンガー(ガンジス川)は聖なる川だ。 火葬した遺灰をこの川に流せば輪廻から解脱できると言われている。 そのため多くの人々が遺体を担いでやってくる。 遺体は一度ガンガーの聖なる水で清められたあと、乾かして川岸に並べられる。 組んだ薪の上に遺体を置き、さらにその上にまた薪を置いて火をつける。 炎が勢いよくまわる。 熱風で衣がはがれ遺体は容赦なく剥きだしにされる。 いっぱいに飾られていたマリーゴールドは熱風に吹きあげられる。 オレンジ色の花が散らばっていく。 炎と煙がごうごうとたちのぼる。 一人の人間の体が燃やされ灰になってゆく。 火葬場には絶えず煙がたちこめ、なんともいえず金くさいような臭いが漂っている。 燃え尽きるには3時間ほどかかる。 誰もが無言で見守っている。 煙たい風の中を犬と子供たちが無邪気に走りまわっている。 灰はガンガーへと流される。 漆黒の灰。 暗い川へと流れてゆく。 妊婦と子供と蛇にかまれて死んだ人は火葬せずにそのまま沈める習わしだ。 ときどきプカプカ浮いてくる。 ガンガーは死に満ちた大河である。 だが、ガンガーに満ちているのは死だけではない。 火葬だけではない。 ガンガーは日常の洗濯場でもある。 世界一暗いこの川で、主婦たちはTシャツやパンツをじゃぶじゃぶと洗う。 その隣りは沐浴場である。 聖なるガンガーで沐浴すればすべての罪が清められるという。 そのため国中のヒンズー教徒が続々と集まってくる。 祈りを捧げる男がいる。 乳房はだけて水へもぐる老婆がいる。 そして世界一清らかなこの川で、普通にシャンプーしているおじさんもたくさんいる。 雰囲気は大衆浴場である。 子供たちにとってはプール代わりだ。 飛び込んだり泳いだり、楽しそうに大騒ぎしている。 私たち日本人には、遺灰や死体やウンコがじゃんじゃん流れてくる川で泳いだり洗濯をする気持ちはどうしてもわからない。 だがヒンドゥー教徒の人々にとって、この川の水はどこまでも神聖で清らかなものなのだ。 こうしたガンガーの営みをじっとみつめながら、水の色を表現してみようと何度思ったことだろう。 だけどダメだった。 たった3日や4日では、あの色を言葉にすることはできない。 黒と緑。 茶色と砂色。 空のブルーと雲の白。 オレンジの花。 赤い顔料。 泡だつ波しぶき。 カオス。 すべての色をまぜあわせた絵の具の水入れ。 生と死。 聖と俗。 祈りと現実。 すべてがぐちゃぐちゃに混ざっていっしょくたに水にのみこまれ、流されてゆく。 大いなるガンガーを朝日が照らす。 そうしてまた新しい一日がはじまる。 ガンジス川の洗濯風景 インドの街角 インドの都市はどこでもそうだと思うんだけど、ヴァラナシはとにかく人口密度がハンパない! どの道もどの交差点も人でごった返し、町そのものが通勤ラッシュ時のホームみたいなものだ。 そのわりにはトイレとゴミ箱がぜんぜん無い。 足りないというより、存在しない。 当然のことながら道はゴミだらけ、立ちションだらけである。 「そのへんでオシッコしているおじさんを見ないで済むならお金払ってもいい」 っていう気持ちになる。 カオスである。 これぞインドである。 そんな中、牛たちは実に悠々と暮らしている。 ヒンドゥー教において牛は大切にされているから、牛たちはどこでも出入り自由、好きなように歩きまわれるのだ。 列車を待っていると改札口からにゅうっと入ってきたり。 道路の中央分離帯でぐうぐう眠って渋滞を悪化させたり。 マイペースにも程がある。 ハエがわんわん飛んでる道ばたの八百屋にも牛がいた。 トマト、にんじん、マメ、じゃがいも。 「何を買おうかな・・・」 と、まるで買い物客みたいな顔で物色をしている。 とくに神聖とされている白い牛である。 神様のお使いである。 八百屋のおじさんはのんきに昼寝をしていたが、牛がカリフラワーの葉をバリバリ食べ始めたことに気づいて飛びおき、牛を追い払った。 八百屋のむこうには物乞いが並んでいる。 老婆が互いのシラミをとりあっている。 やせた野良犬が寝そべっている。 その向こうにもまた同じような八百屋がある。 さっきの白い牛がやってきて、こんどはトマトを盗み食いしはじめた。 店番の少年が棒切れでひっぱたいて追い払った。 神様のお使いなのに。 牛、走り回る子供、陰干し中のご遺体、観光客。 この写真を撮った次の瞬間、牛は階段で足を滑らせてコケていた。 リクシャーの値段 町中の移動にはリクシャーを使った。 簡易タクシーみたいなものだが、2種類ある。 オートリクシャーは三輪バイクに座席がついたもの。 サイクルリクシャーは自転車である。 私は日記にはっきりと書いている。 「サイクルリクシャーは嫌いだ」 と。 サイクルリクシャーの運転手はオートリクシャーよりも大変だ。 自転車のペダルをよいしょよいしょと漕いでいくのだから。 が、こちらだって手加減している余裕はないから 「20ルピー? この距離なら15が相場でしょう」 とか交渉しなくちゃならない。 でも、値切りながらうんざりするんだ。 2004年当時、15ルピーといえばたったの35円、20ルピーでも45円ほど。 いったい私は何を値切っているのだろう? 彼らの賃金と自分の日給とをつい比べてしまう。 彼らが汗水たらして稼いだ給料と、私の退屈な一日の給料。 そこには天地の開きがある。 ざっと見積もっても30倍くらい違う。 そんなのはおかしい。 絶対におかしい。 同じ人間なのに。 私はたまたま豊かな日本に生まれたから、運がよかったから、物価が違うから、違う国だから。 だから仕方がない、経済ってそういものなのだ……とは、どうしても思えない。 テレビで見ているだけならそこまで考えないだろう。 でも実際にサイクルリクシャーに乗ってゴミだらけの裏町を走ってみるとどうしても納得できなくなる。 薄いサンダルを踏む足や、力のこもるふくらはぎを見てしまうと、どうしても罪悪感にかられるのだ。 たった5ルピーを値切ってしまったことに後ろめたさを感じるのだ。 「お金って何なのだろう」 考えても仕方がないことを考えてしまうから。 憂鬱になってしまうから。 だからサイクルリクシャーは嫌いなのだ。 むきだしのインド インドに来るといろんなことを考えてしまう。 インドではすべてがむき出しだからだ。 死体も火葬も立ちションも、生も死も、日本ではなるべく隠そうとするもの、見たくないものがすべて白日のもとにさらされる。 欲望をあらわにした男たちは朝でも昼でも遠慮なくシモネタをとばしてくるし、えげつないほどの金額をふっかけてくる。 時には金を出せとナイフをつきつけられることもある。 あちこちの壁には行方不明になった女の子の写真が貼られている。 貧しさもむきだしだ。 骸骨のようにやせ細った老婆に 「なにか食べるものをくれ。 もう3日も食べてないんだ」 とせがまれる。 10才に満たない女の子がはだしで物乞いをしている。 片手に赤ん坊を抱き、ボサボサの髪を振り立ててツアーの観光客にすがりつく。 「マダム、マダム、プリーズ!」 川岸でクッキーを食べていたら一つ落とした。 犬に投げてやろうとしたら 「俺にくれよ」 と汚れた手がのびてくる。 男は野良犬と競いあってゴミを漁っていた。 両側に物乞いがぎっしり並んだ道もあった。 「くれ。 くれ」 「金をくれ」 「食べ物をくれ」 「困ってるんだ」 「死にそうなんだ」 「腹が減ってたまらないんだ」 「赤ん坊がいるんだ」 たくさんの手がこちらにむかってのびてくる。 やせ細った手。 真っ黒に汚れた手。 あちこちが欠けている手。 しわくちゃの手。 どれもたくましく生きている人間の手だ。 私と同じ人間の。 だが半端な同情から一人に小銭を恵むと大変なことになる。 「俺もくれ」 「もっとくれ」 「マダム、マダム!」 「もっと、もっと、もっと、もっと!」 瞬く間にぐるりと取り囲まれてしまう。 まるでゾンビ映画のよう。 しかし、私は気がついた。 頭をあげていれば彼らが目に入らないことに。 物乞いの多くは背が低い。 年寄りか子供か障害者だからだ。 顔をあげてまっすぐ前だけを向いていれば彼らの顔は見えない。 見えなければ無視することも簡単だ。 相手にしなければ彼らもあきらめて寄ってこない。 彼らを見なければいいんだ。 見なければいい。 見て見ぬ振りをすればいい。 だが、それでいいのかと、考えてしまう自分がいる。 考えれば考えるほど落ち込んでしまう。 ほかの旅行者はみんな楽しそうに観光を楽しんでいるようだが、私はあんなふうにはできない。 周囲のバックパッカーたちに 「深く考えるな。 楽しめ。 せっかくの旅なんだから」 と何度いわれても、やっぱり違うと思った。 考えることが私の旅だ。 考えるためにインドへ来たのだ。 ……こうなることは最初からわかっていた。 むき出しの生と死を見ることが怖くて、考えることが怖くて、だからあんなにも憂鬱だったのだ。 インドへ行きたいような、行きたくないような、呪われたような気持ちになっていたのだ。 それでずっとお腹をこわしてた。 インドへ行かなくても、隠されたものを見つめなくても、生きていくには困らない。 知らなくても何も変わらない。 考えたってどうせ何もできない。 頭を上げて前だけを向いて生きていけばいいのだ。 そうすれば、地面に近いところで手をのばしている貧しい人たちの表情は見ないで住む。 わかってる。 それでも私は見なくちゃいけない気がしたのだ。 たとえ何もできないとわかっていても。 プージャの炎 夜のヴァラナシでプージャを見た。 プージャとは、ガンジスの川辺で毎夜おこなわれる礼拝だ。 バラモンたちが聖なる川に火を奉り、祈りを捧げる。 私も火のついたろうそくを川に流した。 暗い水にゆらゆらと浮かぶ祈りの火。 風に吹かれても消えずに漂いつづける様子は幻想的だった。 ネパールで親切なおじさんのバイクに乗せてもらったとき、電気のない村の人たちが焚き火で暖を取っていた。 あの心地よい炎と同じ赤い火が、テロリストの手に渡ればバスをまっ黒焦げにする武器となり、ガンジス川では遺体を浄め、プージャでは祈りの火になって流れていく。 私たちは死んだらどこに流れていくのだろうか。 ガンジス川の流れがとどまらないのと同じように、私たちもとどまることなく漂いつづけるのだろうか。 アフリカの大地では死は自然の一部であり大地に還ることだった。 だがインドでは、ガンジス川のほとりでは、命は一定方向に流れていくもののように感じた。 流れていく。 流れていく。 次の生にむかって。 次の死にむかって。 これが輪廻ということなのだろうか。 夜行列車 ヴァラナシからは夜行列車でコルカタ(カルカッタ)へ向かう。 この列車がインドで唯一のんびりした思い出かもしれない。 列車で日本人のバックパッカーと出会った。 同い年だし話がはずんだ。 K君は料理人の修行のために世界中をまわり、最後にインドを通過して2年ぶりに日本へ帰るところだという。 「ああ、もうちょっとで家に帰って明太子食べられるんだ。 明太子ー!」 たまらない様子で叫んでた。 福岡県民らしい。 私たちはいろんな話をしたが、自然に、ガートでみた火葬のことや、貧しい人々の話になった。 「考えようによっては、僕らの富は、便利な暮らしは、彼らから吸い上げたものだ」 K君の言葉が忘れられない。 世界はこんなにも不均衡で不平等だと、富める側の痛みをもって語りあったあの夜が忘れられない。 私の席は3段ベッドの一番上だった、すばらしく寝心地がよかった。 朝はお茶の売り子の歌うような声に起こされる。 「チャイ・コフィ(紅茶、コーヒー)、チャイ・コフィ、チャイ・コフィ…」 熱いコーヒーとゆで卵を買って朝ごはん。 おいしかった。 車窓にインドが流れていく。 レンガの建物や森や煙突や、田んぼやヤシの木や、犬や牛や人や、トラクターを運転するお父さんや、ピンクのサリーを着たお母さんが景色とともに飛んでいく。 窓の向こうにインドが流れていく。

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ガンジス川沿いでの火葬について

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インド人にとって ガンジス川がお墓なんて聞いたことはありませんか? 実際に、インドではあまりお墓というものを見かけません。 では、なぜお墓が少ないのでしょうか? 一緒にみていきましょう! ヒンドゥー教にはお墓がない お墓というものにはその国の宗教の文化が深く関係しています。 インドでは、総人口の 約8割がヒンドゥー教を信仰しています。 このヒンドゥー教にはお墓を作るという文化がありません。 つまり、 ヒンドゥー教にはお墓がないのです。 ヒンドゥー教では、火葬した後に ご遺骨や遺灰をガンジス川に流すと言う風習があり、ご遺骨を残すということはしないのです。 ヒンドゥー教徒のなかには土葬をする方も一部いますが、多くの方がこのガンジス川に流すという水葬を行っています。 ヒンドゥー教の死生観 それでは、こういった日本とは大きく異なるお墓のあり方を持つ ヒンドゥー教の死生観とはどういったものなのでしょうか。 ヒンドゥー教では、仏教と同じく 輪廻転生の考え方と言うものがあります。 輪廻転生とは、死んでも何度でも生まれ変わってくる、また現世の行いで来世が決まるという考え方のことです。 ヒンドゥー教における身分制度であるカースト制度もこの輪廻転生の考え方から生まれていて、現世でいい行いをすれば来世で高いのカーストになれる、現世のカーストは過去の自分が生きた結果と考えられています。 ヒンドゥー教では、遺灰や骨を聖なる川であるガンジス川に流すことで、輪廻転生の苦しみから解放され悟りの境地に達しすることができ、 永遠の苦しみから解放されると信じられています。 ヒンドゥー教以外の教徒のお墓 インドで多く信仰されているヒンドゥー教についてお話していきましたが、もちろんインドには他の宗教を信仰される方も多くいます。 インドで信仰されている他の宗教としてその割合順に、イスラム教・キリスト教・シク教・仏教・ジャイナ教が挙げられます。 こういった ヒンドゥー教以外の宗教のお墓はどういったものなのでしょうか。 人口の約14%を占めるイスラム教・約2%を占めるキリスト教では、最後の審判が終わり、復活が許された後に自分の体に戻る必要があると考えられているため 土葬でお墓に埋葬されます。 仏教・ジャイナ教は、ヒンドゥー教と一緒で輪廻転生の考え方があり、死んだ後は魂が体から離れていくと考えられているため、遺体が大切だと考えられていないので火葬で お墓はありません。 日本仏教の先祖供養やお墓の考え方は、日本独自のものと言えます。 シク教はヒンドゥー教とイスラム教を融合した宗教で、 基本的には火葬ですが、土葬にするのも許されています。 火葬にする場合、シク教でも聖なる川である ガンジス川に遺骨・遺灰を流します。 インドでの一般的な供養方法 インドではほとんどお墓を作らないということがわかりましたね。 では、インドではどのような供養をするのでしょうか。 火葬やお葬式は日本のものとどういった違いがあるのでしょうか? 今回は火葬の流れや、お葬式方法、ガンジス川に流す際のルールなど、 インドでの供養方法について解説します。 火葬 まず行うのが 火葬です。 火葬場は、各地区ごとに国が指定しているので、そこまで行って火葬を行います。 日本のようにしっかりとした施設で遺体を焼くのではなく、レンガで囲まれた火葬場で行います。 火葬を始める前にガンジス川の水で遺体を洗い清めます。 火葬すると筋肉が収縮し遺体が動いてしまうため、それを防ぐために薪を組みます。 なるべく遺体が燃え残らないように、遺体を焼いているときに竹で遺体を突いたりすることもあります。 火葬の際には、女性は声を上げて泣く様子が神聖な雰囲気を壊すといわれているため、 女性は立ち会うことができません。 火葬が始まっても、日本のように短時間で焼くことはできず、焼ききるまでにとても時間がかかるため 4日後に遺骨を拾いに行きます。 4日後でも遺骨は熱を持っているので、牛乳に水を混ぜた聖水をかけて冷やして遺骨を拾います。 お葬式 お葬式は斎場か家にお坊さんを呼んで行われ、日本でいう 告別式に近い形のものです。 家族だけで行われるか、親しい間柄の人も呼ぶかなど、宗派・地域・お坊さんなどによって違います。 お葬式の際に着る 服装は基本的に白色です。 男性は白色のクルターシャツの場合が多く、女性は白色のサリーの場合が多いです。 厳格に決まっているわけではなく、手持ちであるものを着ていきます。 また、外国人が参列する場合は何色でも良いとされています。 お香典も日本と同じようにありますが、遺族の意向で辞退される場合もあります。 また、お香典を受ける場合でも、基本的に少額の場合のみ受け取ります。 インドのお葬式は 地域などによって様々な形式に異なるというのも特徴です。 ガンジス川に流す お葬式が終わると、骨・遺灰を ガンジス川に流すと言う儀式を行います。 流す場所は家族ごとで決まっている場合があり、しっかり焼けた骨は、川岸においても粉のようになりガンジス川を流れていきます。 子供・妊婦・事故死された人・蛇にかまれた人などの天寿を全うできなかった人は、 火葬されずにガンジス川に流されます。 そのため、子供の遺体が流れている光景は、ガンジス川ではよくある光景の一つとなっています。 一方でガンジス川に流されず、 土葬される場合もあります。 2歳以下の子供・聖職者は穢れがないとされているため、 ガンジス川に流して穢れをとる必要はないとされています。 犯罪者・自殺者もガンジス川に流されず、土葬されます。 犯罪者・自殺者の場合は、2歳以下の子供・聖職者とは異なり、火葬をしてガンジス川に流しても、 穢れが取り切れないといった理由から土葬されます。 インドのお墓・世界遺産タージマハル お墓がないといわれるインドにも、実は有名なお墓があります。 白い大理石で作られた、美しいシンメトリーの 世界遺産タージマハルです。 このタージマハルを宮殿だと思われている方もいらっしゃるかもしれませんが実は お墓なんです。 では、お墓を作る文化が薄いインドになぜお墓があるのでしょうか。 このタージマハルが建造された16世紀半ばのインドは、 ムガル帝国が支配していました。 ムガル帝国の当時の王シャー・ジャハーンは、強く寵愛していた王妃ムムターズ・マハルが36歳で病死したことを深く悲しみ、22年かけて 霊廟として建てたのがタージマハルだったのです。 ムガル帝国は今のインドと異なり、土葬しお墓をつくる イスラム教の王朝だったため、この豪華なお墓が建てられたのです。 こんな建造秘話を知ってから訪れてみるとこの美しさに加えてまた一層感動できるものがあるかもしれないですね。 インドのお墓まとめ• インドでは多くの方がヒンドゥー教を信仰している• ヒンドゥー教ではガンジス川に遺骨を流すためお墓がない• ヒンドゥー教では輪廻転生を信仰し、ガンジス川に遺骨を流すことによって輪廻天性の苦しみから解放され悟りの境地に達することができると考えている。 世界遺産であるタージマハルは当時の王が亡き王妃のために建てたお墓である ということが分かりました。 もし、終活について考えて行くなかで人生や死について答えのない疑問が出てきたという方は、 インドの火葬場に見学に行ったり、ガンジス川を見に行ったりするのもいいですね。 死について日本とは違う考え方を持つインドは、私たちに生きることを教えてくれます。 最後までご覧いただき、ありがとうございました。 お墓を建てたいけどどうすればいいかわからない方へ... カテゴリーから記事を探す• 関連する記事•

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