天気の子 ハッピーエンド。 天使の子が海外で上映される国はどこ?いつ?一体何カ国なのか君の名はと比較してみた

天気の子もまた、バッドエンド|きうい|note

天気の子 ハッピーエンド

合わせて読みたい• あらすじ 田舎の離島に住む高校一年生の 森嶋帆高は、ある思いを抱いて故郷から家出同然の形で上京してきた。 しかし生活はすぐに困窮し、苦労の果てにようやく見つけた仕事は怪しげなオカルト雑誌のライター業だった。 彼の孤独で淋しい心を表現するかのように連日雨が降り止まない中、帆高は 天野陽菜という少女に出会う。 弟と二人で明るく暮らす陽菜には、 祈るだけで天候を変えるという不思議な能力があった。 新海誠監督作品 今作『天気の子』の監督を務めるのは、これまでに六作品もの長編アニメ映画を指揮してきた 新海誠監督です。 ほしのこえ• 雲のむこう、約束の場所• 秒速5センチメートル• 星を追う子ども• 言の葉の庭 そして2016年8月には 『君の名は。 』が公開され一躍大ヒットとなりましたね! 日本国内での興行収入は250億円をも突破し、バンドグループ 『RADWIMPS』による主題歌 『前前前世』や、作品世界とマッチした壮大な挿入歌も話題になりました。 アリそうでナイ感じだな。 『君の名は。 』では彗星の落下という恐怖がありながらも、その美しさに魅了されてしまうような不思議な感覚がありましたよね! 前作のヒットを理由に、今回『天気の子』にも多大なる期待が集まっていました。 しかし過度な期待は私の エゴであることも重々承知しております。 ファンの方には辛辣な意見かもしれませんのでご注意ください! 私は『君の名は。 』が好き まず大前提として、 私は新海監督のファンでもアンチでもありませんがインタビューによると、監督自身が批判も想定内のようなので 遠慮なくぶっ叩きます 笑 作品の価値は批判も含めた全てだと私は思っております。 まず、三年前に公開された前作『君の名は。 』は、一つの映画として新海監督作品を初めて鑑賞した私も面白いと感じることができました。 事実、同作品は爆発的なブームを巻き起こし社会現象となるほどでした。 しかし逆に、 昔から新海監督の作品が好きだった友人は違和感を感じたそうです。 新海監督自身の作風もあるので、人によって感想が違うのは当然のことですね。 とはいえ前作がこれだけの人気作になってしまった以上、元々のファンであろうが私のようなライト層であろうが、次回作である『天気の子』が異常に期待される事実は制作側も分かりきっていたはずです。 それでも監督自身が『君の名は。 』と比較せず、自分の描きたい世界を貫き通して今作を仕上げていたのなら何も言うことはありません。 』の人気にあやかろうとしているような、評価の論点をずらされた感覚です。 百歩譲って監督や制作側が瀧と三葉のことを好きで、ファンサービスとして登場させたのなら微笑ましいですが、その点は 今作のエンディングを考慮すると納得できないのです。 『天気の子』ネタバレあらすじ 『天気の子』のクライマックスを要約すると 世界は都市が浸水してしまうほどの未曽有の大豪雨に見舞われ、不思議な能力を持つ陽菜が自らの身を犠牲にするしかそれを食い止める方法はない。 しかし、帆高と陽菜は二人で一緒に居たいがため大豪雨を受け入れ、世界を諦める選択をする。 つまり、 今作の主人公二人だけのために世界が雨で水没してしまうのです。 別にそれならそれでいいですよ?そのエンディング自体に不満はないです。 結果的に、神の所業で東京が滅ぶ結末はメガテンファンとしても好きです 笑 どんな物語も『主役』の目線で描かれるため、全ての事態を丸く納めることは不可能なのも分かります。 悪役や敵にも彼らなりの正義があって戦うもので、それに主役が勝つということは敵さんの言い分を否定していることになりますもんね。 主人公とはみんな勝手です。 その勝手さに共感した鑑賞者は彼らを応援するでしょう。 でもこの映画の主人公、あまりに度が過ぎてて応援したくならないの・・・ 主人公二人について説明をすると、 帆高は漠然とした不明確な理由で家出をし、とにかく周囲に迷惑をかけまくる少年です。 『あの光の中に、行ってみたかった』 こちらが帆高君の家出の理由です。 は?具体性プリーズ。 よく聞く犯罪動機の 「ついカッとなってやった」との差が分からないです。 実際に彼は陽菜のためとはいえ犯罪しか犯さないレベルで犯罪者でした。 そんな能力怖くて多用できないな・・・ 私個人としては 二人ともあまりに自分勝手で非常識なため全く感情移入ができないのです。 そんな二人は最終的に自分たちの都合で、世界を犠牲にしてまでも相手と居ることができる道を選びます。 独断で周囲を無視してまで二人でいることを選んだ彼ら自身はハッピーエンドです。 日常的な移動手段は電車から船になったりと、一般人たちも水没した世界に何とか適応する生活を歩み始めます。 しかし、 一般人が事の真相を知ったとしたら二人のために世界が犠牲にされることを快諾していたとは思えない、違和感の残る結末だったということです。 『君の名は。 』としてはバッドエンド さて、察しの良い方は私の言いたいことにお気付きかもしれません。 今作のラストで世界は雨に沈み、以前よりは確実に生活しづらい世の中になりました。 要するに、 帆高と陽菜を除いた一般人にとってこの結末はバッドエンドでしかなく、前作の瀧と三葉を登場させてしまってはこの二人にまで生きづらい世界の強要をしているのです。 せっかく『君の名は。 』で彗星から難を逃れて平和に終わったはずの前作の主人公たちは、今作では過酷な水浸しの生活を余儀なくされるという 踏んだり蹴ったりぶり。 この二人にとってはかわいそうな結末だよね。 登場人物の目線だとそうなるな。 どう考えても 瀧と三葉は、『君の名は。 』ファンに媚びるためだけの演出になってしまっていたということです。 だから前作、もとい瀧と三葉が好きだった私は『天気の子』のエンディングに納得できないのです。 彼らが元々こういう運命だったとでも言うのでしょうか? どちらにしろ『君の名は。 』だけではハッピーエンドだったのですから、それに気付かせた『天気の子』を恨みます。 ていうか何人亡くなったんでしょうね、この世界の人。 まず大雨で交通網がマヒしたら救急車なんで出動できませんよね? 急病人や異常気象による体調不良者はどうなったのでしょう? 畑や田んぼも水浸し、長期的に見ると作物なんて育ちません。 飛行機の滑走路も浸水してるので輸入も困難です。 土地を失い食料問題、人口の減少は免れません。 せっかく糸守町から東京に移住してきた人も何人か死んでそう・・・ 『君の名は。 』と『天気の子』の決定的な違いは• 『君の名は。 』は彗星から人々を避難させ、主人公たちを含めた 全体がハッピーエンド• 『天気の子』は主人公 二人だけがハッピーエンドで、一般人からすると疑問が残る結末 二作品を比べるつもりはなくとも、キャラクターのカメオ出演によって制作側がそれを暗示してきます。 そのうえでこの世界には、 自分勝手な『天気の子』主人公たちと、爆破などの犯罪も犯しましたが大勢の人たちを救った『君の名は。 』主人公たち共存しています。 なら 私は前作の主人公を応援したい。 それだけです。 これに関しては作品の魅力であり、否定のしようもありません。 『祈るだけで天気を操る能力』を現実的に検証する術はありませんし、監督の描いたファンタジーとしての 不思議な力を受け入れるまでです。 私自身、ファンタジーやSFは好きです。 その世界なりの常識があるのならば。 しかし『 非現実的』と『現実味がない』は全くの別物です。 具体的には、 『天気の子』の世界は現実味がなく違和感だらけでした。 実際に天気を操る能力を目の当たりにした人々は、『すごいね君!』と驚く程度でその異質な力に恐怖しない• 警察は帆高を捕らえ、取り調べ室直前まで連行するが隙を見せてしまい、結局警察署の外まで逃がしてしまう無能さ• 線路内を走る少年に『おい君!何やってるんだ!』と注意するだけで、特に捕まえようとはしないで見てるだけの作業員や駅員たち• 空想ばかりで確証もないのに暴走し、命の恩人や警察相手に噛みついたり拳銃を発砲する最早ただのサイ〇パスと化した帆高 そんな現実味のない世界の警察官がやたらと『未成年誘拐』や『重火器所持』などの現実的な犯罪の規律には忠実で、執拗に家出少年の帆高を追う展開には違和感しかありません。 あまりに都合の良い展開が多くて不自然・・・ この世界はそもそもの『日常』がおかし過ぎるうえに現実味がなく、全ての人たちが非常識なのです。 作品の伝えたいことが全く響かない 結局陽菜は 人柱であり、周期的に世界の天気がおかしくなるときに、自らを犠牲に天候を安定させるための巫女のような存在でした。 この監督巫女好きよね。 大豪雨に見舞われた世界を救うために、一度は陽菜が自分の身を犠牲にして世界を晴れさせます。 そして陽菜の自己犠牲に対し、帆高がそれを否定するように周囲に訴えかけます。 この描写は 誰かを犠牲にしたり他人を陥れることなく、目を背けずに生きるべきであることを主張し、伝えたかったのだと思います。 しかし一般人は陽菜と引き換えに空が晴れている事実を知りません。 一般人は決して見て見ぬふりをしているわけではなく、そもそもの事実を知らないだけなので、帆高の訴えは他の登場人物たちにとって 完全に空回りしているのです。 作品内での筋が通っていないのに、無理やり鑑賞者の私たちにはゴリ押しで伝えられたような感覚です。 また、『 晴れ』が常識だった世界は『雨』が常識になって水に沈むという結末は、世界の在り方に正解などないことを表現していました。 常識にとらわれてはいけない• 偏見や固定観念は捨て去って自由に生きていい• 『狂っている』とは何を基準に狂っているのか しかし比喩などではなく、文字通りに世界の常識を変えてしまったため、 あまりにスケールが大きく、日常にSFを取り入れるというより日常そのものを改変させ過ぎてしまいました。 ぶっ飛び過ぎててピンと来ないんだよな。 伝えたいことは分かりますが共感しづらく、かといって 周期的にやってくる大豪雨の原因や、天気を操る能力の根源も結局分からず仕舞いです。 まぁそれはファンタジーとしてはっきりしないのはアリだと思うけど、とにかく 不完全燃焼としか言いようがありません。 せめて最後に指輪をさ・・・そこも消化不良。 まとめ 物語の表面だけを見て、漠然と登場人物に共感できれば楽しめると思います。 子供心が残り、勢いもある 学生さんにはハマりそうな映画でした。 しかし、私のように 登場人物の心情を考えたり、世界観を読み解こうとする目的で鑑賞すると違和感しかありませんでした。 読み解けるとはいってない 笑 根拠や具体性のない作品は見ていて不安な気持ちにさせられます。 ネガティブな私にはとにかく悲しく、きっついエンディングでした・・・ 圧倒的に説明不足で浅い。 小説読めよはナシですよ? それでは映画として成立しない。 だって 私はあくまで二時間の映画を観て判断したんですから。 個人的に思う 今作の魅力は映像のみです。 雨の描写が非常に繊細で美しく、そこだけは素晴らしかったです。 繰り返しますが、新海監督のファンでもアンチでもない私の感想は以上になります。 でもこれだけ書いちゃったらアンチって言われちゃうかな? 笑 ファンの方ごめんなさい! これが新海監督本来の作風というのなら、所詮『君の名は。 』から参入したにわかのライト層である私にとって『天気の子』はつまらなかったです!.

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「天気の子」新海監督と川村プロデューサーインタビュー・上 「バッドエンドの作品を作ったつもりは一度もない」

天気の子 ハッピーエンド

新海監督が賛否両論あるストーリーを書いたとおっしゃっていたのでバッドエンド嫌いな私と弟は見るのかとても悩みました…が勇気を出して映画館に行くことに。 ちなみに「君の名は。 」は私は好きで、弟はあまり好きではないようです。 そんな2人が見に行ったのですが、結果としては2人とも満足しています。 音楽、映像は文句のつけようがありません。 花火が上がるシーンの立体感に「え、今はこんな綺麗な花火がアニメーションでできるの?」と驚いたほど綺麗です。 またレビューで「主人公の男の子が自分勝手」というニュアンスのコメントがありますがそれも正直な話、私もそう思うところはありました。 ただ「天気の子」の大きなテーマとして「世界のカタチが変わっても守りたい人がいる」という部分を考えればその行動も納得できるような気もします。 とにかくがむしゃらに宿命に抗う主人公の男の子。 個人的にはやはり主人公2人には幸せになって欲しいのでとても感動しました。 あと個人的に、「多数の幸せの為なら1人の犠牲はやむを得ない」とせず、日本人みんなで大きな代償に向き合うべきだと訴えられている気がして考えさせられました。 監督も賛否両論ある前提で作り、「君の名は。 」を面白くないと怒ってる人ももっと怒らせたいとおっしゃっていました。 要はそのくらい良くも悪くも皆見て、良い意見悪い意見をぶつけて、考えて欲しいのだと思います。 「君の名は。 」より面白いかという論点より1つ映画としてとても楽しかったです。

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ネタバレ『天気の子』結末ラストはどうなった?陽菜の特殊能力の正体は何?徹底まとめ

天気の子 ハッピーエンド

かつ、個人的な感想です。 新海誠監督の「天気の子」を観てきた。 賛否が分かれる作品と聞いていたが、「なるほどねー」といった感じ。 個人的に前作の「君の名は。 」の結末は美しすぎて 自分の中にある新海誠ワールドと若干のズレを感じていた。 今作の特徴として挙げられるのは、 都合のいい美しさを無くしていること。 主人公とヒロインたちの境遇。 登場する警察官たちの対応。 などなど、世の中にある理不尽さやリアルをちゃんと描いている。 そしてこの、「都合のよさの排除」こそ物語の核になっていると思う。 「天気の子」のストーリーを簡単に言うと 「少女が犠牲になれば世界は救われる。 少年はその運命に立ち向かう。 」 みたいな感じ。 そして、お約束は「少女も世界も救えちゃった」結末。 前作の「君の名は。 」はこのタイプかな。 そうじゃ無いのが今作「天気の子」 「そんな都合のいいこと認めませんよ」と。 犠牲の無い選択など都合が良すぎる。 現実の世界は選択の連続で、いつだってリスクが伴う。 「何に従い、何を選ぶか」で世界は決まる。 そして主人公は 己の心に従い、世界ではなく愛を選んだ。 恋する少年にとって、世界の運命なんてどうでいもいい。 愛より優先されることは無い。 たとえ世界を犠牲にしても、愛する少女を助ける。 幼く純粋な愛をちゃんと描いているなと思った。 好きな人さえいれば、どんな世界も晴れてるよう感じられる。 恋ってそういうもんだ。 世界の理不尽は、己の選択でぶっ壊せる。 愛にできることがあった。 もし自分が主人公と同じ境遇だったら、どうするだろうか。 ここを考えるのは重要かも。 ちなみに僕は主人公と同じ選択するだろう。 あと、この作品は結末の捉え方もポイントかなーと。 それが記事のタイトル「誰にとってのハッピーエンドを望むのか」 「天気の子」の結末に、 世界全体にとってのハッピーエンドを望むのか、 2人の少年少女にとってのハッピーエンドを望むのか。 それによって印象はだいぶ違うのではないだろうか。 この余韻の残し方が、まさに新海ワールドだと個人的に思っている。 主人公の気持ちになり、物語をどう捉え、どう消化していくかを 委ねている感じが好きなのだ。 「秒速5センチメートル」がその代表例かも。 いずれにしても、「天気の子」は個人的に満足いく作品でした。 各登場人物のバックボーンに対して説明不足は否めないけど、 そこを自分たちの想像力で埋めるのが1つの楽しみだと思う。 余談だけど、 主人公が世界ではなく、好きな女の子を救う。 っていう設定が エヴァンゲリオン破の覚醒シンジ君とすごく重なる。 以下エヴァの台詞。 ミサトさん「行きなさいシンジ君!誰かの為じゃない!あなた自身の願いの為に!」 シンジ君「僕がどうなったっていい。 世界がどうなったっていい。 だけど綾波は、せめて綾波だけは絶対に助ける!」 このシーンは胸アツでしたねー。 まぁ結局その代償は大きく、世界が真っ赤になっちゃうんですがね。 そのあたりも、重なりますね。

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