坂井 泉水 歌詞。 坂井泉水作詞の歌詞一覧

ZARD「揺れる想い」坂井泉水が奏でる言葉たちが今も眩しい!

坂井 泉水 歌詞

ZARD 坂井泉水さんの書く歌詞について質問です。 私は現在高校2年生で、ZARDの曲が大好きです。 本格的に聞き始めたのは数ヶ月ほど前なのでファン歴は浅いし、生前の彼女についても深く知りません。 泉水さんの歌詞ってとても奥が深いし、表現力が凄いですよね。 聞いていて思わず泣いてしまいます。 現代の邦楽とは比べものになりませんよね。 負けないでなどの応援歌も好きですが、個人的に『今日も』みたいなマイナー調の曲が好きです。 前置きが長くなってしまいましたが、私はZARDの曲を聞く度に『失恋』や『不倫』などの曲が多い気がします。 泉水さんはかつて、そのような恋愛をしてきたのでしょうか? どれを聞いても、泉水さんの実体験の様に聞こえます。 それと、彼女の『世界観』はどんなものだと思いますか? 私は『日常的の些細な出来事や感情』を主に書かれていると思うんですが…皆さんはどう思いますか? 泉水さんは何を伝えたくて歌っていたのでしょうか? 皆さんの考える、 ZARD坂井泉水さん を教えて下さい。 私も18年来ZARDが大好きで、毎日聴かない日はありません。 坂井さんの詞は難しい言葉を使わず、日常誰もが思い巡らせる感情や想いを 等身大の視線で表現されていますよね。 それがすごく温かいんですね。 だから、心に真っ直ぐ、スポンジが水を吸い込むように溶け込んでいくのだと思います。 質問者様が「聴いていて思わず泣いてしまう」という水が溢れてしまうようなお気持ちは痛いほど共感できますし、 私はそんな坂井さんのお人柄そのままのような、飾らないZARDの世界観にたまらなく魅力を感じます。 一般的に見れば、ZARD=応援歌のイメージが強いのかもしれませんが、 それだけではなく、失恋曲がかなり多いです。 実体験かどうかは当然ながら真実は坂井さんご自身しか知らないことですので 言い方は変ですが、そこは深く考えず、漠然と捉えていていいのではないでしょうか^^ 失恋曲は多いといっても、他にも色んな表情のZARDを坂井さんは見せてくれていますから。 世界観というのははっきりとは分かりませんが、坂井和泉さんの詞にはとてもひかれるものがありますよね。 ZARDは「負けないで」や「揺れる想い」などの応援要素が強い曲が有名ですが、私個人も質問者様と同じく少しマイナーな曲や失恋歌や昔の思い出についての歌が大好きです。 彼女の恋愛の詞はとても奥が深く、私も実体験が元ではないかと思っています。 坂井和泉さん自身いろいろと辛い体験などもしているんじゃないかと。。。 普段人に話せないような恋愛に対する思いを詞にしてくれているような気がして、私も聞いていると涙が出てきます。 「もう少し あと少し」「二人の夏」「遠い日のNostalgia」「I still remember」「君がいない」など大好きです。 他にも日常に疲れた人に癒しを与えてくれるような詞も多いです。 きっとこれまで生きてきた中で体験した恋愛への思いや疲れた人への励ましを、音楽を通して伝えたかったんじゃないでしょうか。 私はそんな風に思ってます。 ZARDの楽曲は、先にタイアップありきで作られたのが多いからではないでしょうか?このドラマ、映画、CMに使いたいから曲を作って下さいというオーダーがあって。 プロデューサーと編曲者、坂井泉水で作り上げていく。 彼女の本意であったかはわかりません。 イメージとしては先にドラマや映画が来てしまう。 それにそって書き上げるだから世界観はそちらに存在したと想像します。 出来上がった曲の良し悪しを評論するつもりはありませんよ。 《IN MY ARMS TONIGHT》だったか大好きです。 余談としてZARDにも何曲か楽曲提供している「川島だりあ」も良いですよ。 代表曲は《悲しき自由の果てに》ですが《BABY BABY》がいち押しです。 一度ご試聴下さい。 高校2年生ということは、ちょうどZARDが大ブレイクしていた頃に生まれたんですね。 当時を知る者としてはついこないだのような印象です。 ZARDはあんなに大ヒットしていたのにほとんどテレビにもラジオにも出演しませんでした。 実際、ZARDというバンドは本当に存在するのか?と疑われたほどです。 そのような人なので坂井泉水さんの人物像は不明なところが多く、ましてや私生活など誰も知る由もありません。 あちこちで論じられるZARD詞評も推測の域を出ないんじゃないでしょうか。 詞というのは、聞き手が自由に解釈して想像を膨らませて、ある時は励まされある時は慰められ、でもその答えは見つからないまま・・・の方がいいんじゃないですかね。

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ZARD 負けないで 歌詞

坂井 泉水 歌詞

坂井泉水の学生時代や経歴は?? 坂井泉水さんの経歴を見ていきましょう~! 坂井泉水さんは 神奈川県の秦野市立西小学校・秦野市立西中学校に通っていました。 中学生では 陸上部と ギター部を両方入っていたそうなんです。 2つも入れるんですね! 高校は 神奈川県立伊志田高等学校へと進学し、ここでは硬式テニス部だったそうなので 中学で は陸上、 高校ではテニスと、坂井泉水さんは運動系の活動も得意な活発な女の子だったんです ね!文化系の部活に入ってそうなイメージですけど、でも坂井泉水さんのテニス姿とかも きっと決まっていたんでしょうね! 高校卒業後は 松蔭女子短期大学に進学。 そして短大を卒業後は就職をして、 不動産会社の第一不動産で OLとして2年間働いていまし た。 その後、街頭でスカウトされてスターダストプロダクションにて本名 「浦地幸子」の名前で モデルとして活動されています。 その時に レーシングクイーンをやったり、人気が出て 写真集を出したりしているんですね! 坂井泉水が脱いでいた!?その衝撃の画像は? そうなんです!!脱いでいたというのは、ZARDとして歌手デビューする前の話なんですね! 伝説の歌姫であるZARDの坂井泉水さんですが、名前も坂井泉水ではなく、本名である 『蒲池 幸子』という名前でやっていました。 モデルとしてスカウトされていますので、やはり 容姿は抜群に美しく麗しい彼女ですから、 レーシングクイーンを経て、そのレーシングクイーン時代も相当な人気があったそうですね! その人気もあって、そこからどんどん脱いでいくお仕事へと変わっていってしまったのでしょ うか?? 「坂井泉水 脱いでた 画像」などと検索すれば出てきます。 フルヌードではなくセミヌード という感じですね。 かなりいろんなきわどい画像も出てくるので、さきママも初めて見た時は ビックリしてしまいました。 坂井泉水さんのスリーサイズは 身長165㎝に対して、B85・W59・H87という 抜群の プロポーションですので、お体も本当に美しいですし、お顔も若くて、蒲池幸子時代の彼女の 目に力がこもっているのを感じます。 その岡本夏生さんも坂井泉水さんとは仲が良かったので、こんな事を言っていますね! 「ふだんは10話しかけても2しか返さないぐらい おとなしい子でしたが、歌うときの自信に 満ちた姿には、歌手を目指す強い信念を感じました ね」と。 そして、やはり坂井泉水さんはモテたでしょうから、いろんな男性に言い寄られたんだと 思いますが、岡本夏生さんにこんなことも相談されています。 「好きでもない男性に言い寄られて困っている、恨まれないようにうまくかわしたいん だけど、どうしたらいい?」と。 きっと坂井泉水さんはモッテモテだったでしょうね~。 でもきっとレーシングクイーンをやっていても、ずっと心の奥には 歌手という言葉が胸の中に あったのでしょうね! 坂井泉水はなぜ脱いだの?その理由は? レーシングクイーンをやったり、ましてや脱ぐ仕事をやったりと、意外にも色んなお仕事を 経て歌手になっている坂井泉水さんですよね。 でもなぜこんな脱ぐお仕事までされたのでしょ うか? 90年代という時代もあり、 自分の容姿を武器にして芸能界を這い上がってやろう!という 思いがあったのではないか?と言われています。 やはり女性の容姿の美しさは男性社会を 生き抜く武器になりえますからね!そこを利用してやろう!という思いがあったのではないで しょうか? 現に1990年に坂井泉水さんの 写真集『NOCTURNE』という写真集を発売されています が、この中で脱いでいる写真が載っております。 1989年の1月2日の3時間スペシャルドラマの 「春燈」では、地方から売られてきた少女 役でデビューしています。 6月7日のクイズ番組のクイズ!年の差なんて!では 「見返り美人」のコーナーで、 「カラオ ケクイーンに選ばれたのは誰」という設問として取り上げられています。 そして、あなたも知ってしるバラエティ番組の 「とんねるずのみなさんのおかげです」では、 「仮面ノリダー」のマリナ(渡辺満里奈)の 知人役で出演しています。 (第40話8月3日) 「恐怖シャワー男」と(第49話10月19日) 「恐怖ゴルフ男」でも出演されているんで す。 意外にもバラエティにも出演されているんですね!!どんな感じだったのか気になりますよね ~!あの大人しいZARDの坂井泉水さんがですよ?とんねるずのみなさんのおかげでしたに 出演された過去があるなんて!!調べていくと意外な事実が隠れているものですね! でも当時のバラエティー番組に出演するお若い坂井泉水さんも見てみたかったですよね! 坂井泉水はカラオケテレビにも出ていた! そして坂井泉水さんはモデル・レーシングクイーンなどの容姿を生かして、当時流行っていた カラオケテレビのモデルさんも務めているんですね! なんと、山下直美さんとともに 「東映カラオケクイーン」に選ばれているんです!! Winkの「One Night In Heaven~真夜中のエンジェル~」や、 中森明菜の 「CARIBBEAN」、 永井真理子の「23才」、 薬師丸ひろ子の「手をつないでいて」、 やしき たかじんの「未練〜STILL〜」)という大物アーティストのカラオケビデオにも出演されて いるんですね! そして当時、カラオケ機器の販売促進用のパンフレットにも写真が掲載されています。 東映カラオケのPR活動などで地方のカラオケ店を巡業するお仕事も行っており、この企画は ZARDでの歌手デビュー後の1991年3月まで続いたそうで、こんな地道なお仕事もやっていた んだなって本当に意外ですよね!! そうやって下積み時代もあったんですね!でも東映カラオケクイーンに選ばれるなんて・・・ やはり 坂井泉水さんの美貌は世間が注目せざるを得ない、 オーラをまとった女性だったのでし ょうね! 坂井泉水は写真集やイメージビデオを発売していた! 1990年6月には 写真集『Body Works』を発売されています。 そしてすぐ6月21日には ビデオの『SEXY SHOOTING』を発売されています。 7月24日には セミヌード写真集の『NOCTURNE』(撮影:清水清太郎、白泉社)が出版 しています。 そしてその他にも 多数の雑誌のグラビアにも出演されているんですね! やはり人気があるからこそ、ここまでたて続けに写真集を発売されているんですから、もう すでに坂井泉水さんには人気がありファンがいたという事ですよね!その1990年のセミ ヌード写真集が今の時代でも話題になるんですから、坂井泉水さんって本当にすごい人ですよ ね!! 坂井泉水に当時、彼氏はいたのか? 色々なお仕事をやっていた坂井泉水さんですが、こんなにも可愛くって当時彼氏はいたんでし ょうか? 元彼は 『神田樹希』さんという方で、出版業界で事業を起こしている一般の方のようですね。 坂井泉水さんが亡くなった後に彼女に当てた追悼本 「僕だけがまだ生きてる、その意味を君が僕 に教えてよ」が出版された事から、元彼ではないか?と分かったそうです。 神田さんが坂井さんをナンパした事から、2人は出会い、お付き合いに発展したそうですね。 当時の神田さんはヤンチャな人でしたが、坂井さんとお付き合いをするようになって、その 人柄も更生されていったそうです。 しかも2年間も同棲していたそうなので、本命の彼氏だったという事ですよね!坂井泉水さん の書いた歌詞にも 「海岸沿いのアパート」や 「2人で夢見たあの頃」という歌詞が出てきま す。 これはその時の事なのでしょうか?? それに 「2人の夏」という歌がありますが、この歌は別れた男女の歌ですが、これはもし かしたら、お付き合いをしていた方と別れて坂井泉水さんがその気持ちを書いたのかな??と 推測してしまいます。 「2人の夏」という歌は、別れてから少し経ってから彼を見かけたけど声をかける事が出来な かった・・・でも風の噂で結婚するって聞いたわ・・・という切ない歌詞なんですね。 これは もしかしたら神田さんの事なのかな?なんて思ってしまいました。 やっぱりこんなにも可愛い坂井泉水さんに、彼氏がいなかったなんて信じられませんのでこれ は本当のようですね!でもなぜこんな可愛い方とお別れしたのかとかも気になっちゃいますけ ど・・・。 でもそこは2人だけの秘密ですよね。 当時若かった坂井泉水さんに、神田樹希さんという彼氏 の存在が分かっただけでも衝撃ですよね。 坂井泉水に兄弟はいるの? 坂井泉水さんに兄弟がいるかどうかって聞いた事ありますか? 3人兄弟の一番上のお姉 ちゃんなのです!これは知らなかった人もたくさんいるのではないでしょうか?? 2つ下の妹が一人と、 5つ下の弟が一人います。 妹はなぜかネット上で 「浦田 陽子」(うらたようこ)と出てくる事もあるのです。 でも坂井 泉水さんの苗字は 「蒲地」(かまち)ですから、なぜか違う苗字で妹さんが検索されているよ うなんですね。 妹の名前が 「陽子」という説は、以前に坂井さんが出した本の中に謝辞として 「陽子」という名前が載っていた為に、妹さんの事ではないのか??とファンの間でざわつい たという事なんです。 そして弟さんの名前は 「和明」さんという名前ではないか?と言われています。 和明さんは 料理人だった為 「soffio」というお店を出していた事はZARDファンからも有名で、お店の 名前の文字を坂井泉水さんが書いて、その字体をそのまま看板にしていたという事なので隠し ていた感じではないんですね。 お2人が今現在、何をされているかは分かりませんが、坂井泉水さんが3人兄弟のお姉ちゃん というのは、なんだか納得できますよね。 姉さん肌な感じが伝わってきますし、優しいお姉ち ゃんだったんだろうなって思いますよね。 坂井泉水の病魔との闘いの歴史 坂井泉水さんは2000年以降は、ずっと病気との闘いでした。 子宮筋腫、卵巣のう腫、子宮内膜症と、様々な女性器系の病気を患って通院の日々をすごして いました。 2006年4月には仕事中に体調が悪化した為に病院へいき検査したところ、 子宮頸がんが 見つかり、6月1日には慶応義塾大学病院で手術を行い、7月には退院されています。 しかし、2007年4月に、肺への転移が見られて再入院しています。 抗がん剤の治療を行い ながら、病室でずっと詩を書いていたという坂井泉水さん。 そして2007年の5月26日に、慶応義塾大学病院内のスロープでから転落してしまい、 脳挫傷の為に亡くなられました。 2000年に病気が見つかってから亡くなる2007年までの7年間はずっと病気と闘ってき た坂井泉水さんです。 2000年には紅白も検討していましたが、「体調がすぐれない為に辞 退」しています。 退院したあともCDアルバムの制作やライブなどを意欲的に行っていこうとし ていましたから、もっともっと歌手としてやりたい事があったのでしょうね。 坂井泉水はなぜメディアに出なかった?都市伝説まで流れるほどだった! 坂井泉水さんはなぜ、当時あまりメディアに出なかったか知っていますか? これはテレビで坂井泉水さんの事が特集を組まれていた時なども公言しているので、知って いる人も多くいるのではないかと思いますが、それが 会社=ビーイングの狙いだったのです ね! ビーイングは メディアに出る事を極端に控える事で、アーティストの存在価値を高める、 いわゆる「ビーイング商法」というものを行っていたんです! そして坂井泉水さんも極度のあがり症という事もあって、メディアには出ない、という方針と 本人がとてもマッチして、このスタイルを貫いたんですね。 ですから当時はこんなにも売れてもそこまでメディアには出なかったので、 坂井泉水さんは 本当に存在するのか?という 都市伝説も産まれてしまったほどなんですね!! そして坂井さんも、メディアに出ていなかったので、顔バレもしていませんので、売れっ子 だった時から電車で通勤していましたし、お店などに行ってもバレる事はなかったと言って いました。 ビーイング商法とは・・・。

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SARD UNDERGROUNDが語る、ZARD 坂井泉水の歌を後世に伝える責任感「今度は自分の声が誰かに元気を与えられたら」

坂井 泉水 歌詞

ZARD 坂井泉水さんの書く歌詞について質問です。 私は現在高校2年生で、ZARDの曲が大好きです。 本格的に聞き始めたのは数ヶ月ほど前なのでファン歴は浅いし、生前の彼女についても深く知りません。 泉水さんの歌詞ってとても奥が深いし、表現力が凄いですよね。 聞いていて思わず泣いてしまいます。 現代の邦楽とは比べものになりませんよね。 負けないでなどの応援歌も好きですが、個人的に『今日も』みたいなマイナー調の曲が好きです。 前置きが長くなってしまいましたが、私はZARDの曲を聞く度に『失恋』や『不倫』などの曲が多い気がします。 泉水さんはかつて、そのような恋愛をしてきたのでしょうか? どれを聞いても、泉水さんの実体験の様に聞こえます。 それと、彼女の『世界観』はどんなものだと思いますか? 私は『日常的の些細な出来事や感情』を主に書かれていると思うんですが…皆さんはどう思いますか? 泉水さんは何を伝えたくて歌っていたのでしょうか? 皆さんの考える、 ZARD坂井泉水さん を教えて下さい。 私も18年来ZARDが大好きで、毎日聴かない日はありません。 坂井さんの詞は難しい言葉を使わず、日常誰もが思い巡らせる感情や想いを 等身大の視線で表現されていますよね。 それがすごく温かいんですね。 だから、心に真っ直ぐ、スポンジが水を吸い込むように溶け込んでいくのだと思います。 質問者様が「聴いていて思わず泣いてしまう」という水が溢れてしまうようなお気持ちは痛いほど共感できますし、 私はそんな坂井さんのお人柄そのままのような、飾らないZARDの世界観にたまらなく魅力を感じます。 一般的に見れば、ZARD=応援歌のイメージが強いのかもしれませんが、 それだけではなく、失恋曲がかなり多いです。 実体験かどうかは当然ながら真実は坂井さんご自身しか知らないことですので 言い方は変ですが、そこは深く考えず、漠然と捉えていていいのではないでしょうか^^ 失恋曲は多いといっても、他にも色んな表情のZARDを坂井さんは見せてくれていますから。 世界観というのははっきりとは分かりませんが、坂井和泉さんの詞にはとてもひかれるものがありますよね。 ZARDは「負けないで」や「揺れる想い」などの応援要素が強い曲が有名ですが、私個人も質問者様と同じく少しマイナーな曲や失恋歌や昔の思い出についての歌が大好きです。 彼女の恋愛の詞はとても奥が深く、私も実体験が元ではないかと思っています。 坂井和泉さん自身いろいろと辛い体験などもしているんじゃないかと。。。 普段人に話せないような恋愛に対する思いを詞にしてくれているような気がして、私も聞いていると涙が出てきます。 「もう少し あと少し」「二人の夏」「遠い日のNostalgia」「I still remember」「君がいない」など大好きです。 他にも日常に疲れた人に癒しを与えてくれるような詞も多いです。 きっとこれまで生きてきた中で体験した恋愛への思いや疲れた人への励ましを、音楽を通して伝えたかったんじゃないでしょうか。 私はそんな風に思ってます。 ZARDの楽曲は、先にタイアップありきで作られたのが多いからではないでしょうか?このドラマ、映画、CMに使いたいから曲を作って下さいというオーダーがあって。 プロデューサーと編曲者、坂井泉水で作り上げていく。 彼女の本意であったかはわかりません。 イメージとしては先にドラマや映画が来てしまう。 それにそって書き上げるだから世界観はそちらに存在したと想像します。 出来上がった曲の良し悪しを評論するつもりはありませんよ。 《IN MY ARMS TONIGHT》だったか大好きです。 余談としてZARDにも何曲か楽曲提供している「川島だりあ」も良いですよ。 代表曲は《悲しき自由の果てに》ですが《BABY BABY》がいち押しです。 一度ご試聴下さい。 高校2年生ということは、ちょうどZARDが大ブレイクしていた頃に生まれたんですね。 当時を知る者としてはついこないだのような印象です。 ZARDはあんなに大ヒットしていたのにほとんどテレビにもラジオにも出演しませんでした。 実際、ZARDというバンドは本当に存在するのか?と疑われたほどです。 そのような人なので坂井泉水さんの人物像は不明なところが多く、ましてや私生活など誰も知る由もありません。 あちこちで論じられるZARD詞評も推測の域を出ないんじゃないでしょうか。 詞というのは、聞き手が自由に解釈して想像を膨らませて、ある時は励まされある時は慰められ、でもその答えは見つからないまま・・・の方がいいんじゃないですかね。

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