朝日放送 面接。 朝日放送(ABC)の面接の通過率を上げるための対策と回答例

就活面接 朝日放送 志望動機とエントリーシート 2021

朝日放送 面接

テレビ局で働くことが昔からの憧れだった A君/神戸大学 関西テレビ内定 幼い頃から大のテレビ好きで、中学生の頃には既にテレビ局の採用情報を見ていたという。 憧れだけでは受からないテレビ局の試験をどうやってA君は突破したのか。 運と縁と言われる就活の極意は? 私はかなり早い時期からマスコミ、特にテレビ局で働くことを夢見ていた。 振り返ってみると、中学生ぐらいの頃にはすでに、テレビ局のホームページ上で採用情報を見ていたように思う。 それほど早くから私が、テレビ局で働きたいという気持ちを持っていたのは、やはり幼い頃から大のテレビ好きで、テレビっ子だったから。 そして、自分も画面の向こう側の世界に行ってみたいという憧れがあったからである。 しかし、「憧れ」や「好きだから」といった理由だけでテレビ局に就職できるほど、世の中甘くはない。 そこで、私のテレビ局内定までの道のりを、簡単にではあるが、テレビ局を目指す皆様の道標になればと思い、紹介したいと思う。 まさかの日テレ一次落ち 私の就職活動は、大学3年生の9月、日本テレビへのエントリーから始まった。 私はマスコミ塾に通うといったような、マスコミ対策らしいことは何をすることもなく、部活に打ち込む毎日を送っていたのだが、しかし「テレビ局で働きたいという熱い気持ちは誰にも負けない」と、試験に対する自信は満々だった。 書類選考は無事通過し、そして迎えた運命の一次面接。 与えられた時間は約5分。 私は5分間、面接官に思いの丈をぶつけ続けた。 面接官はニコニコしながら、時折うなずきを見せて私の話を聞いている。 最後には「それ、面白いね」という言葉までかけてもらえた。 完璧だ。 私は小さくガッツポーズをしながら、意気揚揚と試験会場を後にした。 結果は無残にも不合格。 まったくもって理由が分からない。 まさか一次面接でいきなり敗退することになるとは。 テレビ局のハードルの高さをまざまざと見せつけられる事となった。 屈辱の日テレ一次落ちから約3カ月が経ち、年も明けた2007年1月、いよいよキー局、準キー局をはじめ、地方局の一部などが本格的な選考活動をスタートさせる。 私はもともとテレビや新聞が好きで、それらは毎日欠かさずチェックをしており、それに新聞社の過去問などを解いてみてもそれなりの出来だったので、筆記試験には自信を持っていた。 しかし、この筆記試験に辿り着けないのである。 TBSとMBSは書類選考で落とされ、書類選考を通過したテレビ朝日も一次面接であっけなく落とされた。 テレビ朝日の面接は流れ作業のような感じで、面接官は私に大した興味を持つこともなく、3分程度で「はい、どうもありがとうございました」と言われ面接を終了させられてしまう。 テレビ朝日の合否結果は即日発表だったため、大阪に住む私が家に帰りついた時にはすでに結果が発表されていた。 夜行バスに8時間揺られて辿り着いた東京でたった3分で面接を終了させられ、鈍行に9時間揺られて帰り着いた大阪で、パソコンの画面に表示された「残念ながら次の選考に進むことは出来なくなりました」という一文を見たときには、さすがの私も泣けてきた。 幼いころから夢見ていたテレビ局への夢が、まさかたったの3分でついえるとは。 この日からしばらく、テレビ朝日の番組を見ることは出来なくなった。 流れを変えた読売テレビ この時点で、手帳は真っ白。 他局の書類選考の結果を、不安におびえながら待つ日が何日か続いた。 一度は「もう自分はテレビ局は無理かもしれない」とあきらめかけた私だが、幸運なことに、その後の書類選考の結果は順調で、再び一次面接に挑む機会を得ることとなる。 2月18日の読売テレビ一次面接を皮切りに、21日に北海道文化放送とテレビ東京、22日に朝日放送、23日に瀬戸内海放送、26日に静岡第一テレビ、そして27日に関西テレビと、連日選考続きになり、嬉しい悲鳴をあげる。 そして迎えた読売テレビの一次面接。 まだ、この一次面接を突破出来たことはない。 「今日から連日連戦、果たして何勝何敗に終わるのだろうか。 もしかして全敗の可能性も……」などと不安におびえながら待っていた受験者控え室で、人事の方から思いもよらない言葉をかけられる。 「一次面接では、何よりも元気を見せてください。 そして大きな声で話してください。 真面目な顔をして難しい事をボソボソと言われるより、たとえ言っていることがよく分からなくても、元気があって大きな声で話してもらえるほうがいいです。 そのほうが面接官も、皆さんと一緒に働きたいと思うでしょう。 一次面接では、一緒に働きたいと思えるような人を通します。 くれぐれも元気を忘れずに、面接を楽しんで」 私は目から鱗が落ちる思いだった。 今まで私は、大して輝かしくもない過去の経歴を小細工し、雄弁に語っていた。 しかしそんな小細工は、面接官は全てお見通しだったのだろう。 日本テレビの面接官もテレビ朝日の面接官も、恐らくうんざりするような思いで私の話を聞いていたに違いない。 日本テレビやテレビ朝日での一次面接落ちは、当然の結果だったのだ。 そんなものを声高に話すより、元気に明るい姿を見せればいいのだ。 そう思うと一気に気が楽になった。 読売テレビの人事の方は、私が面接室に入る前にも「元気に大きな声でね」と声をかけて下さり、私は終始、元気と大きな声だけは忘れないようにして、面接官と向かい合った。 何を言ったのかはほとんど覚えていない。 結果、読売テレビの一次面接は見事合格。 そしてそれ以後の面接も「元気」と「大きな声」を心掛け続けた結果、この連戦において、北海道文化放送以外の面接は、全て勝利を手にする事が出来たのだった。 読売テレビが、私の負の流れを断ち切ってくれたといえる。 面接では会話のキャッチボールを 実は、私にはもう一つ実践していたことがあった。 それは、今までの面接で、自分が一方的に話をしていたという反省から、一つ一つの受け答えの言葉を短くし、なるべく会話のキャッチボールを弾ませるということ。 テレビ局の面接時間は、とても短い。 その限られた時間において、グダグダと自分の話をするのは、リスクが大きい。 一つの話に2分も3分もかけていては、話の幅は限られてくる。 それに、面接官はその話には興味がないかもしれないし、面白くないと思っているかもしれないのだ。 それよりは、面接官と会話をすることで、面接の雰囲気も良くなるし、面接官にたくさんの言葉をかけてもらえれば、自分も色々な事を話すことが出来る。 面接官がこの話は面白くないなと思った場合は、面接官が違う話に切り替えてくれるし、逆に興味がある話の場合はどんどんと突っ込んできてくれる。 そうして話が弾めば、面接官に「次もこいつを呼んでみよう」と思ってもらえるのではないだろうか。 もちろんそのためには、自分もたくさんの引出しを用意しておかなければならないことは、言うまでもないが。 筆記試験は、もともと自信があっただけあって負け知らず。 私は英語が大の苦手だが、テレビ局の筆記試験の英語はどこの局も、それほど難しくなかったように思う。 数学や国語などの範囲からも出題されるが、本屋に並んでいる就職対策本から何か適当なものを選んで一冊やれば、これらの問題には対応できるだろう。 時事問題対策として私が使っていたのは『朝日キーワード』と、新聞ダイジェスト社の『最新時事用語&一般常識』、そして何より、毎日、テレビと新聞を欠かさずチェックすること。 テレビ局の時事問題は政治経済だけでなく、スポーツや文化、芸能などから幅広く出題される。 就職活動の運と縁 さて、筆記試験が終わると、また面接である。 この、面接回数が多いのがテレビ局の選考の大きな特徴の一つであるが、ここで東京のキー局と大阪の準キー局とで明暗が分かれることとなる。 大阪の準キー局の選考はどこも、自分でも面白いぐらいにトントン拍子で進み、結果的には2社から内定を頂けたのだが、キー局はといえば、フジテレビは1次面接で落ち、テレビ東京も筆記試験の次に行なわれた2次面接で落ちてしまった。 なぜ準キー局はどこも順調なのに、キー局はどこも早い段階の選考で敗退してしまったのだろうか。 これについて今振り返ってみれば、私はキー局とは「縁」がなかったのだと思う。 私は報道志望なのだが、関西で生まれ育ったため、世の中の様々な問題を関西の視点から、関西の視聴者の立場に立って捉え、キー局からの情報の垂れ流しではない、地域に密着した報道をしたいという思いを持っていた。 そういった私の思いがうまく面接官に伝わったのだろう。 しかし、キー局での面接では、自分が報道で一体、何をどう伝えたいのかということを面接官に明確に伝えられず、また、もともと私が東京に対してあまり良い印象を持っていなかったということも相まって、1次面接や2次面接といった早い選考段階で敗退したのだと思う。 よく「就職活動は運と縁」と言われるが、やはり私もこの「縁」と、多少の「運」に導かれて、準キー局に内定を頂けたのだろう。 今となっては、自分には準キー局の方がキー局よりも合っていると感じるし、準キー局に決まったのは運命だとも思う。 みなさんも、ぜひ自分と「縁」のある会社と巡り合っていただきたい。 なぜテレビなのかしっかり考えてほしい 以上が、私のテレビ局内定までの道のりを、簡単に紹介したものである。 紙面の都合上割愛したが、テレビ局の選考過程には、面接や筆記試験だけでなく、番組企画プレゼンテーションや、グループディスカッションなど、様々なものがある。 それに筆記試験には作文やクリエイティブ問題が付きものだし、最終面接はおそらく、社長や取締役と向かい合っての面接となるだろう。 そのような選考過程においては、幅広い知識やユーモアセンス、それに物怖じしない度胸など、様々な能力を必要とされる。 先に、面接回数が多いのがテレビ局の選考の特徴だと述べたが、面接官は色々と手を変え品を変え、受験者の本当の姿を見抜こうとしているのだ。 そこでは、付け焼刃の知識や、うわべだけの言葉などはあっけなく見破られることだろう。 テレビ局を目指すなら、ぜひとも強い信念を持って、テレビで何をしたいかということをしっかりと考えていただきたい。 数あるマスコミの中で、新聞でもラジオでも出版でも広告でもなく、なぜテレビなのか。 なぜテレビでないといけないのか。 そしてそこでなにを伝えたいのか。 テレビ局の面接は幾度となく行なわれるが、今にして思えば、結局はこの部分を繰り返し、様々な角度から聞かれていたように思う。 最後になりましたが、皆様の就職活動の成功を心よりお祈り申し上げます。 来年はぜひ、同じテレビという舞台で一緒に仕事をしましょう。 一足お先に待っています。 最新 2017年度版の体験記はコチラ!.

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朝日放送に転職するために知っておきたい情報【評判、面接対策、年収、難易度を解説】

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大学1年5月 大学入学後、すぐアナスクールへ。 アナ受験に向けてネタ作りにも励む 大学3年夏 準備万端、自信満々でインターンESを出すもキー局は全滅! 進めたのは地方局含め3局のみ(涙) 大学3年秋 本採用もキー局・準キー局はすべてES落ちで、泣き暮らす日々。 就活支援をしている朝日新聞の篠原さんに相談し、総合職など他の道へも目が向くように 大学3年冬 総合職に気持ちを切り替えると、キー局で6次面接まで進む。 ひたすら総合職対策に力を注ぐ 大学4年4月 元々好きで訪れていた東北。 そこで目にした震災被害の現状から、この地を元気にすることをライフワークにしたいと決意 大学4年5月 「ここで働きたい!」と心から思う社員さんに出会えた、仙台の東日本放送に総合職で内定! 迷わず就活を終了 愛媛県宇和島市のミカン農家でお手伝い。 でも、3年生の夏、「これだけやったんだから」と自信満々で臨んだインターンは見事に惨敗。 その後の本選考も惨憺(さんたん)たる結果で……。 「こんなに頑張っているのにどうして?! 」と悔しくて。 あのときは人生で一番泣きました。 それで篠原さんに助けを求めたら、アピールする方向性についてアドバイスいただきつつ、「アナになるばかりが幸せになる道じゃないよ」という言葉もいただいて。 世の中に面白い仕事はたくさんあるし、私も今仕事をしていて実際にそう感じているから。 とはいえ、夢見たお仕事の就職活動を目の前にして、なかなか視野を広くもてないよね。 あのときにそう言っていただけたことが、大きな転機になりました。 「伝える」仕事は、何もアナとしてカメラの前に立つことだけじゃない。 むしろ、番組をつくる側に回れば、伝えるコンテンツ自体に関わることができると。 それで総合職志望に転換したら、キー局で6次面接まで進むことができて。 自分でも驚きました。 内定まであと一歩ですよね。 ここまで進めた理由は、自分ではどの辺りにあったと思いますか? 総合職志望に切り替えた頃、実はもう一つ大きな変化が自分の中にあったんです。 私が、マスコミを目指した理由の一つは、東日本大震災からの東北地方の復興や震災報道に興味があったからです。 東北地方に30回以上行き、原発事故で帰還困難区域に指定された土地を回るツアーにも参加したことがあります。 そこで震災の爪痕がまだまだ残っているのを目にしてすごく驚いたのですが、一方で、新しい力が沸いて生きているのも感じて。 「震災を風化させないだけじゃなくて、新しい力が沸いて生きていることも伝えたい! この地に住む人を元気にしたい! それをライフワークにしたい!」と思うようになりました。 それを実現できるのは総合職のほうなんじゃないかと思うようになりました。 記事にもある通り、安倍総理は復興が進んでいることを強調しようとスーツで視察したようですが、双葉町や大熊町の帰還困難区域を訪れると、震災発生直後から時が止まったかのようでした。 この経験から私は、……」 というように、最新ニュースを導入にして自分の話につなげました。 アピールしたい部分は使い回しで、導入の記事だけ変えるのですが(笑)、最新ニュースを入り口にすることで話の鮮度が上がり、面接担当者が興味を持ってくれるのがわかりました。 面接で実際に話した新聞記事。 新聞記事を導入にして自己PRにつなげる、という話はよく学生から聞きますが、それを最新記事にすれば、新鮮な印象になりますよね。 アナを目指して、新聞はかなり早くから読んでいたので、色々と使い方もわかるようになって 笑。 また、朝日新聞の「Media Times」など、メディア関連の記事はテレビ局を受験する際にすごく役に立ちました。 テレビ局の面接では、「10年後のテレビ局は?」という質問をしょっちゅうされたんですが、メディアの現状や課題を理解したうえで自分の言葉で語れないといけないので、けっこう難しいんです。 でも、「Media Times」には面接でそのまま使えそうな話がたくさん載っていたので助かりました。 マスコミ受験者は要チェックです。 これまたマスコミの頻出質問に「取材したい人は?」というのがあるんですが、その答えを「ひと」欄から探すことが多かったです。 周りではわりと、トランプ大統領とか、誰もが知っている有名人を挙げる人が多かったので、差別化にもなったかなと思います。 理由がよほど面白ければ別ですが。 かといって、まったくこちらが知らない一般人の場合も、相当内容が面白くないと、その人である必然性が伝わらないので難しい。 その意味でも、「ひと」欄に載っている人は、まさに使いやすいかもしれません。 私は東北の復興にとても関心があったので、「(ひと)+ 福島」「(ひと)+ 宮城」「(ひと)+ 気仙沼」というようにアンド検索したりもしていました。 面接ではその中で見つけた、震災体験を語る「カエル塾」塾長の馬場国昭さんや、建築家の坪谷和彦さんなどを挙げていました。 例えば坪谷さんは、横浜から縁もゆかりもない東北に移り、地域に溶け込みながら東北を支援している姿にとても共感して。 本業である建物の建築以外に、遊具や地ビールまでつくっていると書いてあったので、その活動の源についてお聞きしてみたいなと。 この手の質問では、まだどこからも取材されていない人を、と考える人もいるのですが、今は一つのメディアが取り上げたら周囲もみな後追いで取り上げるという時代。 だからこそ、自分の経験に沿った独自の切り口を持っている人が評価されるんです。 「ひと」は、頑張っている一般の方や、どん底からはい上がった人が取り上げられていることが多いので、就活中の励みにもなりました。 あと、東北を始め、地方局をたくさん受けていたので、地域面もよく読んでいましたね。 地方局の受験前は必ず地域面をチェックしていました。 地域のかなりディープなニュースも知ることができるので、面接担当者の方にも「本当に〇〇県が好きなんだね」と言っていただけたほどで。 読んでいてよかったです。 受験するテレビ局がある県と出身県のニュースは、欠かさずチェックしていました。 そうしたすべての熱意が伝わって、ついに念願の東日本放送から内定が。 よかったですね! はい、本当にうれしかったです。 大好きな東北の放送局というのはもちろんですが、東日本放送は「この人と一緒に働きたい!」と心から思える社員さんに出会えた会社だったので。 あと、私、最初の頃はアナで受験していたので、総合職に切り替えてからも、そう信じてもらえないことが多くて。 でも、この会社は信じてくれたんです。 それが本当にうれしくて。 そんな局から内定をいただけたので、大満足で就活を終えることができました。

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朝日放送テレビの増田紗織アナがかわいい!気になるカップや身長は?

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もとは教育番組専門のテレビ局「日本教育テレビ」として設立されたテレビ朝日。 その後、幅広いジャンルの番組を制作する総合局に移行し、現在では「AbemaTV」や「TELASA」などのインターネットコンテンツにも出資。 2019年に開局60周年を迎えました。 アニメや音楽番組から報道まで、各ジャンルにおいて強みをもつ同社。 『題名のない音楽会』や『徹子の部屋』、『ドラえもん』などのいわゆる長寿番組が、今でも数多く放送されています。 またドラマ制作にも定評があり、『相棒』シリーズや『ドクターX ~外科医・大門未知子~』シリーズなど、視聴率20. 0%を超えることが多い人気シリーズを抱えています。 そんな同社の口コミを見ると、クリエイティブな業界ということもあり、「自由で風通しのよい社風」がうかがえます。 社員の中でも若い層が存分に活躍している様子。 また、「産休・育休制度が整っており女性も働きやすい」「全社的に残業・休日出勤を減らす努力をしている」という社員の声も聞かれます。 激務といわれるテレビ業界において、部署や携わる番組にもよりますが、働き方改革にも前向きだといえるでしょう。 ただし、業界全体がネット配信コンテンツなどに押されている風潮があり、こうした現状に危機感を抱く社員も少なくありません。 この業界に身を置く上では、テレビというコンテンツのあり方について考え続ける必要があるでしょう。 「自社制作番組に誇りをもちつつ、今後のテレビのあり方を追求していく」。 採用面接においては、こうした社風に馴染み、この会社で働き続けることができそうか見極められます。 面接の雰囲気は、和やかだったという人もいれば圧迫的だったと感じた人もいます。 選考経験者が「どの面接官にあたるかは運」というとおり、面接官の性格に左右される部分が大きいようです。 フレンドリーな面接官の場合と圧迫的な面接官だった場合の両方を、どちらもシミュレーションしておいてください。 面接では志望動機などに加え、テレビ業界についての理解を問われます。 現在、この業界全体がどのような立場にあるのかを理解した上で、テレビ朝日はどんな取り組みをおこなっているのかなどを、事前にしっかり研究しておきましょう。 またクリエイティブな業界らしく、やや風変わりな質問をされることがあります。 「テレビ朝日を色で表すと?」といったものだけでなく、一発芸ができるか要求されることもあります。 面接官はこれによって、応募者の性格が明るいか、コミュニケーション能力があるかを確認していますので、オリジナリティーのある一芸を用意しておくとよいでしょう。 前経営計画より、他事業にも参入し2020年代に向けて生き残りを図ってきた同社。 「インターネット時代」に対応すべく、2016年にサイバーエージェントとの共同出資により「AbemaTV」を開局、2020年には合弁事業によって「TELASA」がサービスインしました。 これを深化させる目的の今経営計画では、テレビに限らずコンテンツを活用していくため、さまざまな仕組みを整備する考えです。 たとえば、ネット向けコンテンツ制作を強化するために「動画制作部」を新設、IP事業やキャラクター開発も強化します。 また、インターネットコンテンツによって若年層を、BS・CS放送によって高年齢層をカバーすることで、すべての世代をターゲットとした「オールターゲット戦略」を掲げています。 そしてインターネットの活用だけでなく、六本木エリア一帯を活用した「メディアシティ戦略」により、コンテンツの面白さを最大限引き出していく方針です。 面接では、このようなテレビ放送以外の方法によってどのようにコンテンツを展開できるか、具体的なアイデアを問われる可能性もあります。 インターネットやリアル空間を活用して、魅力的な要素を生み出すことができるとアピールしてください。 面接でよく聞かれる質問のひとつに「なぜテレビ朝日なのか」というものがあります。 面接官がこの質問を通して知りたいのは、「テレビ業界に向いているか」「それまでの経験を同社で生かせるのか」といった点はもちろん、「本当に同社の特色を理解しているのか」ということです。 業界や職種の枠を超えてテレビ朝日という企業について理解するためには、競合となりやすい企業・法人についても調べておく必要があります。 これらとの違いを明らかにした上で、「なぜテレビ朝日なのか」について、説得力のある答えを用意しておきましょう。 とくに、「地上波民放キー局5局」としてテレビ朝日と並ぶ4局とNHK(日本放送協会)について、どのような取り組みをおこなっているか調べてみてください。 日本テレビ放送網株式会社• 株式会社TBSテレビ• 株式会社テレビ東京• 株式会社フジテレビジョン• 日本放送協会 テレビ朝日の社風や目指している方向性を理解することで、同社がどのような人材を求めているのか分かってきたのではないでしょうか。 このように、テレビ朝日の採用面接を受ける前には、前職での経験を振り返り自己分析をおこなうことや、他社研究を踏まえた志望動機を整理することが大切です。 そして面接の場では、「自社制作番組に誇りをもちつつ、今後のテレビのあり方を追求していく」という社風を意識して、「テレビ放送以外の方法でも魅力的なコンテンツを展開できる」人材であると印象付けられるよう、さまざまなエピソードを準備しておくことが望ましいでしょう。 面接経験者が実際に聞かれた質問をご紹介します。 このような質問をされたらどのように答えるか、事前にシミュレーションしておき、実際の面接の際に落ち着いて話せるようにしましょう。 テレビ朝日の採用面接を受けるにあたって、ぜひ押さえておきたい重要なことをご紹介してきました。 面接対策として準備しておきたいのは、以下の3つです。 「自社制作番組に誇りをもちつつ、今後のテレビのあり方を追求していく」社風の中で、「テレビ放送以外の方法でも魅力的なコンテンツを展開できる」人材であることをアピールできるよう具体的なエピソードを用意する。 競合他社・法人についても研究し、「なぜテレビ朝日なのか」に対する答えを明確にしておく。 これらについて面接の前によく考えを深めておき、当日は落ち着いて理路整然と話し、能力をアピールできるよう心がけましょう。

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