ファン モン あと ひとつ 歌詞。 ファンモンの「あとひとつ」、いきものがかりの「ありがとう」「YE...

ファンモンの『あとひとつ』の歌詞を教えてくださいっ(`・ω・)♪

ファン モン あと ひとつ 歌詞

作詞作曲ともにFUNKY MONKEY BABYSがほぼ100%参加しています。 初期の頃はファンモンのみで作詞作曲をしていました。 しかしその後は、他の作曲家さんと一緒に共同制作をしています。 主に5人と一緒に制作しています。 菅谷さんは初期。 田中隼人さんNaoki-Tさん川村結花さんが中期。 田中隼人さん川村結花さんNaoki-TさんYANAGIMANさんが後期。 特にファンモンの曲の多くは田中隼人さんとNaoki-Tさんと一緒に共同制作をしています。 菅谷さんとファンモンのタッグではLovin' Lifeやもう君がいない。 田中隼人さんとファンモンのタッグは希望の唄やヒーロー。 川村結花さんとはあとひとつや桜。 Naoki-Tさんはサヨナラじゃないや悲しみなんて笑い飛ばせ。 YANAGIMANさんとはこの世界に生まれたわけや街中でケンカしてるカップルを見かけると大抵女性が怒ってるです。 ファンキー加藤やモン吉はそれぞれ歌詞を書いたりメロディーなど担当しています。 ケミカルは実はあまり関わりがないのが事実です。 しかし、いざというときのアドバイザー的な役割です。

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ファンモンの「あとひとつ」、いきものがかりの「ありがとう」「YE...

ファン モン あと ひとつ 歌詞

絆キズナうるせえ 「熱いメッセージでリスナーの心を奮い立たせる」的な機能に特化した楽曲でゼロ年代後半から支持を集めたファンモン。 「人気絶頂の2013年、東京ドーム公演で解散」というストーリーが語られることもあるが、終盤の楽曲のチャートアクションを確認すると全盛期から大きくトーンダウンしていることがわかる。 聴きやすいトラックに乗せて「愛」や「夢」をわかりやすい歌詞で歌うグループが突然売れなくなるというのはJポップの現場で過去にも起こっている現象で、端的に言えば「お前の代わりはいくらでもいる」ということになるだろう。 リスナーの審判は時に残酷である。 チャートアクションという意味ではこの「あとひとつ」もオリコンでの最高順位は8位にとどまっている。 ただ、震災後最初のMステでの熱唱や楽天イーグルス在籍時の田中将大のストーリーとのオーバーラップなど、「記憶に残るシーン」での登場回数が非常に多いという意味で2010年代を代表する曲としてふさわしいと思われる。 震災で大きな衝撃を受けた日本の社会にとって、サビで歌われるこの言葉は強く響いた。 心が折れそうになる状況で、この曲が支えとなった人もたくさんいただろう。 本当にしんどい時にはたとえ根拠がなくても肯定的なメッセージが意味を持つこともある。 ただ、今改めて思うと、こういった「ストレートすぎる曲」に皆で感情移入するような状況に怖さを感じなくもない。 世の中では「絆」という言葉が叫ばれ、この有事を団結して乗り切ろうという風潮が強まっていた。 この風潮は、そんな空気が転じて生まれた「不謹慎狩り」「同調圧力」といった問題とも一直線につながっている。 というラインも冷静に読むと何とも暴力的というか、相手の都合を考えない押し付けがましいスタンスが感じられてしまう。 震災の直後、世の中は混乱していた。 テレビでは悲惨な映像が繰り返し流され この時の報道スタイルはその後のマスメディア不信をドライブさせる一因となった 、原発の事故と合わせて「日本が終わってしまうかもしれない」という不安が渦巻いていた。 そんな時に社会に必要とされたメッセージは、「大味だけど強いもの」だった。 非常時に刺激はいらない 「あとひとつ」のリリースは2010年の8月。 震災よりも前である。 その年の夏の高校野球の応援ソングで、歌詞には夏に関する描写も出てくる。 前述の通りファンモンはこの曲を震災後最初に放送されたMステでこの曲を披露しているのだが、もともと新曲を歌唱予定だったところを「あとひとつ」に差し替えたことが明らかになっている。 結果的にこの判断が「あとひとつ」の価値を大きく押し上げたわけだが、ここで着目したいのは「誰かを応援しようというときに効果を発揮するのは"すでに誰かが知っている曲"」ということである。 これはファンモンに限った話ではなく、たとえばミスチルは被災した人と社会に寄り添う歌として「かぞえうた」をチャリティでリリースしたが、ミスチルらしい優しく美しいバラードだったにも関わらず大きなうねりを呼ぶことはなかった。 また、グループとして徐々に嵐に押されている雰囲気もあったSMAPが圧倒的な懐の深さで震災後の不安に苛まれていた社会を包み込んでいったが、テーマソングとなったのは90年代のヒット曲「オリジナルスマイル」だった 個人的には「がんばりましょう」の方がよくない?と思いましたが。 未知のものに触れるというのは非常にストレスフルな行為で、それは「音楽を聴く」という些細な行為であっても例外ではない。 どんなにディープな音楽ファンでも、くたびれ果てた時に新譜を聴きたくないと思ったことが一度はあるはずである。 震災で強烈なストレスを受けた世の中にとって、必要な音楽は「ノーストレスで聴けるもの」であり、それはすなわち「誰もがすでに知っている =処理する時に刺激を伴わない 音楽」と読み替えられた。 この状況を煎じ詰めたのが、2011年3月27日にフジテレビで放送された「上を向いて歩こう 〜うたでひとつになろう日本〜」である。 音楽の力で人々を勇気づけようというピュアな想いがほとばしったプログラムで自分もとても感動した記憶があるが、2010年代の音楽シーンはこの「誰もが知っている楽曲を並べる歌番組」というフォーマットを導入したことによる副作用に振り回されることになる。

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FUNKY MONKEY BABYS 告白 歌詞

ファン モン あと ひとつ 歌詞

絆キズナうるせえ 「熱いメッセージでリスナーの心を奮い立たせる」的な機能に特化した楽曲でゼロ年代後半から支持を集めたファンモン。 「人気絶頂の2013年、東京ドーム公演で解散」というストーリーが語られることもあるが、終盤の楽曲のチャートアクションを確認すると全盛期から大きくトーンダウンしていることがわかる。 聴きやすいトラックに乗せて「愛」や「夢」をわかりやすい歌詞で歌うグループが突然売れなくなるというのはJポップの現場で過去にも起こっている現象で、端的に言えば「お前の代わりはいくらでもいる」ということになるだろう。 リスナーの審判は時に残酷である。 チャートアクションという意味ではこの「あとひとつ」もオリコンでの最高順位は8位にとどまっている。 ただ、震災後最初のMステでの熱唱や楽天イーグルス在籍時の田中将大のストーリーとのオーバーラップなど、「記憶に残るシーン」での登場回数が非常に多いという意味で2010年代を代表する曲としてふさわしいと思われる。 震災で大きな衝撃を受けた日本の社会にとって、サビで歌われるこの言葉は強く響いた。 心が折れそうになる状況で、この曲が支えとなった人もたくさんいただろう。 本当にしんどい時にはたとえ根拠がなくても肯定的なメッセージが意味を持つこともある。 ただ、今改めて思うと、こういった「ストレートすぎる曲」に皆で感情移入するような状況に怖さを感じなくもない。 世の中では「絆」という言葉が叫ばれ、この有事を団結して乗り切ろうという風潮が強まっていた。 この風潮は、そんな空気が転じて生まれた「不謹慎狩り」「同調圧力」といった問題とも一直線につながっている。 というラインも冷静に読むと何とも暴力的というか、相手の都合を考えない押し付けがましいスタンスが感じられてしまう。 震災の直後、世の中は混乱していた。 テレビでは悲惨な映像が繰り返し流され この時の報道スタイルはその後のマスメディア不信をドライブさせる一因となった 、原発の事故と合わせて「日本が終わってしまうかもしれない」という不安が渦巻いていた。 そんな時に社会に必要とされたメッセージは、「大味だけど強いもの」だった。 非常時に刺激はいらない 「あとひとつ」のリリースは2010年の8月。 震災よりも前である。 その年の夏の高校野球の応援ソングで、歌詞には夏に関する描写も出てくる。 前述の通りファンモンはこの曲を震災後最初に放送されたMステでこの曲を披露しているのだが、もともと新曲を歌唱予定だったところを「あとひとつ」に差し替えたことが明らかになっている。 結果的にこの判断が「あとひとつ」の価値を大きく押し上げたわけだが、ここで着目したいのは「誰かを応援しようというときに効果を発揮するのは"すでに誰かが知っている曲"」ということである。 これはファンモンに限った話ではなく、たとえばミスチルは被災した人と社会に寄り添う歌として「かぞえうた」をチャリティでリリースしたが、ミスチルらしい優しく美しいバラードだったにも関わらず大きなうねりを呼ぶことはなかった。 また、グループとして徐々に嵐に押されている雰囲気もあったSMAPが圧倒的な懐の深さで震災後の不安に苛まれていた社会を包み込んでいったが、テーマソングとなったのは90年代のヒット曲「オリジナルスマイル」だった 個人的には「がんばりましょう」の方がよくない?と思いましたが。 未知のものに触れるというのは非常にストレスフルな行為で、それは「音楽を聴く」という些細な行為であっても例外ではない。 どんなにディープな音楽ファンでも、くたびれ果てた時に新譜を聴きたくないと思ったことが一度はあるはずである。 震災で強烈なストレスを受けた世の中にとって、必要な音楽は「ノーストレスで聴けるもの」であり、それはすなわち「誰もがすでに知っている =処理する時に刺激を伴わない 音楽」と読み替えられた。 この状況を煎じ詰めたのが、2011年3月27日にフジテレビで放送された「上を向いて歩こう 〜うたでひとつになろう日本〜」である。 音楽の力で人々を勇気づけようというピュアな想いがほとばしったプログラムで自分もとても感動した記憶があるが、2010年代の音楽シーンはこの「誰もが知っている楽曲を並べる歌番組」というフォーマットを導入したことによる副作用に振り回されることになる。

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