朝比奈ホルン。 ブルックナー:交響曲第9番ニ短調 聴き比べ

土居豊のエッセイ【関西オーケストラ演奏会事情 〜20世紀末から21世紀初頭まで】 演奏会レビュー編 朝比奈隆と大阪フィル、1980〜90年代 〈その1 朝比奈隆と大阪フィルの実演〉 (1)朝比奈隆指揮・|土居豊|note

朝比奈ホルン

アイヒホルンのブルックナー第9番 アイヒホルンのブルックナー交響曲第9番 タイトル 交響曲第9番ニ短調[終楽章付き] 作曲家 アントン・ブルックナー 演奏 クルト・アイヒホルン指揮 リンツ・ブルックナー管弦楽団 CD CAMERATA CMCD-15002〜03 ジョン.A.フィリップス等により復元された第4楽章の付いた演奏であるが、私は第3楽章までで止める事も多い。 第3楽章までと第4楽章は1年近くの間を空けて録音されているので、このような聴き方をしても演奏の意図に反しないと勝手に解釈している。 終楽章は復元マーラー第10番(クック編)のような音楽的な違和感はないが、内容がこれまでのブルックナーのイメージを壊すような恐ろしさのある音楽で、私の中では消化しきれないでいる。 従って、以降の記述は第3楽章までを対象としている。 ブルックナーの交響曲は第8番までは私にとって理想的というか、不満を感じずに聴くことのできる演奏がある。 しかしながら9番はこの演奏を聴くまでそうではなかった。 一番回数を聴いているシューリヒト、ウイーンフィルの1961年録音は文句無いといえば無いのだが、あっさりし過ぎていてシューリヒトだからこその特殊な演奏のようにも思えてしまう。 もっとじっくり構えた演奏が聴きたくなる。 まあまあ悪くないというのは幾つかある。 マタチッチ/ウィーン交響楽団(チェコフィル盤よりこちらが良い)、ヴァント/ベルリンフィル、ヨッフム/ベルリンフィル(ドレスデンシュターツカッペレ盤、ミュンヘンフィルの1983年ライブ盤はあまり好きではない)、レーグナー/ベルリン放送交響楽団等。 朝比奈隆だと東京交響楽団(1991 、東京都交響楽団(1993 が良いが何か物足りない。 朝比奈隆の1978年9月、NHK交響楽団の定期における演奏は私のコンサート体験の中でも最高のものの一つで、至高の音楽を聴いていると感激しながら聴いた記憶がある。 しかし、まだブルックナーの実演をあまり多く聴いていなかった当時、実演ゆえの感動だったかも分からない。 FONTECから発売になっている同じN響との2000年の演奏は朝比奈隆としてもベストではないように感じる。 第9番というのは未完ということを除いてもブルックナーの他の交響曲とは少し違うのではないかとある時から感じ出した。 朝比奈やヴァントに代表されるような曲の構造を効果的に構成してみせる演奏では零れ落ちてしまうところがあるように思うのだ。 弦楽器でしみじみと奏でられる節、突然の静寂での管楽器の独奏、というのは他の交響曲でもあるが、9番ではそれらの表情が他とは比べられないほど重要で、それが音楽の流れに埋没しまっている演奏が多いのではないだろうか。 そう考えると気になるのは朝比奈隆の最後の録音(EXTON、2001年大フィル)だ。 朝比奈は2000年から2001年にかけて行った最後の録音でそれぞれの曲の演奏の頂点に達したと思っている。 4番、5番、7番、8番はそう思う。 しかし9番だけは体調が既に悪すぎた。 最初聴いたときは、やっと棒を振っている指揮者、それに必死についていこうとしているオケが目に見えるようで、あまりにもつらく、なんでこのような録音を発売するのかとEXTONに非難めいた気持ちさえ湧いた。 それで一年以上、2度目を聴かずにおいた。 しかし9番について上のような考えを持つと共に、特に第一楽章の全体の構成よりも一歩一歩回りを見回すことを重視して進んでいるような印象は必ずしも体調が悪かったためばかりではなく、何か新しいことをやろうとしていたのではないかという気がしている。 もう確認することはできない。 アイヒホルンの録音を初めて聴いたのは、あるCD屋さんでカメラータ・フェアとかで結構値引きをしているのに遭遇し、この人の演奏きいたことないな位の理由で、棚にあった5番、7番を買った時である。 7番はあまり気に入らなかったが、5番は素晴らしいと思った。 特に終楽章で第3主題までの提示の後にコラール主題が提示されるところなどでちょっとした表情に「やっぱり本場は違う」と感じさせるところがあった。 それで第9番を取り寄せたが、聴いてこれだと思った。 曲の解釈が素晴らしくなければ話にならないのだが、それに加えて一節一節の表情が生きていてそれによる空気感が他の名演に物足りないところを埋めているように思う。 CAMERATAは現在単品では売っていないようだ。 ブルックナー:交響曲選集 CMCD10008-16+特典盤)という10枚組みのボックスしかない。 第2番(1872年版、1873年版の2種類、他に72年版が気に入らず「俺はアントンの失敗を紹介するために棒を振っているのではない」というアイヒホルンにより変更された終楽章)、5番、6番、7番、8番、9番を含む。 2番も8番も名演だ。

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土居豊のエッセイ【関西オーケストラ演奏会事情 〜20世紀末から21世紀初頭まで】 演奏会レビュー編 朝比奈隆と大阪フィル、1980〜90年代 〈その6 大阪フィルと若杉弘の奇跡のマーラー〉|土居豊|note

朝比奈ホルン

解説 今回は、 である。 だいぶ前にこのテーマについて投稿したが、CDの整理整頓によって新たに追加したこと、及び統一性を図るために文全体の書き直しとした 改訂版となっている。 新作を書くより、前作のブログについて書き直すとはそのもの…笑 さて、このであるが、 最後の作品である。 このは前作の第8番を完成させた 二日後に第9番のスケッチを開始している。 しかし、第8番第1稿が不評(詳しくは第8番のところで)であったため、他作を含めた大きな改訂作業に入り、冒頭楽章を完成させたのは 最初のスケッチから6年以上のことだった。 そして、第3楽章を完成させた後、健康状態が悪くなり、第4楽章の途中で亡くなってしまった。 しかし、第3楽章までとはいえ、ものすごく美しく、第8番に負けない荘厳さとなっている。 「」というと を連想させる。 通称 と親しまれている超有名な作品だ。 実際には、第1楽章:、第2楽章:、第3楽章:という構成になっている(第8番も同様の構成)。 そして、このも同じ構成である。 実際に 第1楽章冒頭は弦楽器のから徐々に盛り上がって爆発的な主題を奏でていることも共通する(厳密にいうと、はff、はfff)。 しかし、のは 「の《第九》のように始まるのは、単なる見せかけに過ぎない」とする見解がある。 その理由として、「の場合は、属音の持続低音として、混沌から動機が想像され、主要主題が展開して行く下地に対し、がすでに楽章冒頭で明確に提示されている」、というものだ。 全体的に見ると、参考にしたような、それとも自作のような…。 これは聴く側の問題だろう。 は、第3楽章まで録音されているものが多いが、現在は第4楽章補筆版が録音されているものもある。 私のブログでは2点あげている。 この作品について 先生がピアノを用いて解説している。 大変わかりやすい解説であるので、大変勉強になる。 その荘厳な雰囲気と緊張感は巨匠ならではの音楽作りだろう。 緊迫感のある第1主題、美しい第2主題、に奏でられる回想される第3主題。 非常に複雑な再現部も厳格なテンポで奏でられ、非常に神秘的な雰囲気を醸し出す。 コーダは凄まじい緊張感と迫力である。 が伸び伸びと鳴らされており、圧倒的な音で締め括る。 あらゆる要素が詰まっている第1楽章であるが、全体的にゆったりとしたテンポで奏でられ、約27分超で第1楽章を終える。 第2楽章序奏〜主部は 平均より少々遅めのテンポ。 個人的に遅めのテンポの方が好み。 一つ一つの重低音が響いてくる方がしっくりくる。 弦楽器の音、の音全ての音がバランスよく聴こえてくる。 トリオは主部の荒々しい雰囲気とは一変、穏やかな表情を見せる。 そしてもう一度主部が繰り返され、コーダは実にテンポは遅めながらも狂乱的で約12分のが終わる。 第3楽章冒頭はいつ聴いてもに類似していると思う。 さて、私が第3楽章のポイントである 第2主題は非常に美しく、ホルンも幻想的でのの素晴らしさに圧倒される。 そして、展開部のクライマックスは第1楽章第1主題を強烈に奏でる。 その後のコーダは先ほどの迫力はどこへやら。 大変美しい弦楽器とがゆっくりと奏でられる。 約28分のはあっという間。 は世界的名門オーケストラではあるもののに関する録音等は数少ない印象を受ける。 しかし、さすがは世界名門オーケストラであり、の指揮に対して見事に応え、神秘的なとなっている。 ちなみに私が初めてを購入したのはこのCDだった。 第1楽章冒頭は弦楽器のがはっきりと聴こえる。 そして迫力のある。 第1楽章冒頭の頂点は凄まじい熱量。 第2主題は透き通るような美しい音色に思わず恍惚として聴きいる。 転調を繰り返す度に盛り上がっていくとともに美しさが増していく。 そして再現部のクライマックスとコーダはホルンがかなり唸っている箇所が多数あり、相当な熱量で約25分で第1楽章が終わる。 第1楽章終わっただけで物凄い体力が消耗される。 第2楽章序奏は ピツィカートが強め。 そして主部は大変力強く、ホルンがよく唸っている。 特にトリオに入ると、が奏でる大変美しい音色が体感できる。 第1楽章第2主題でも美しい音色が体感できるが、第2楽章トリオはチェロなどの低弦楽器がよく聴こえる。 コーダはより盛り上がっており、力強く狂乱的に締め括る。 第2楽章は標準的なテンポで約10分。 第3楽章冒頭はもう一度の美しい音色が聴くことができる。 しかし、このは 約20分という他の演奏に比べてかなり短い。 シューリヒトはフォルテッシモのような大音量の箇所は速めのテンポで駆け抜ける演奏が多い。 この第3楽章冒頭の頂点部分も同様の演奏である。 第2主題は美しさを意識しているようで、非常にゆったりと流れるように奏でる。 展開部のクライマックスにおいては、やはり相当の音量を要する箇所であり、速めのテンポで演奏されている。 そして、その後のコーダも速いが、速いながらも美しさは維持され続けている。 カール・シューリヒトととは次のような逸話が残されている。 1955年3月の初顔合わせのとき、だらけたの演奏態度に腹を立てたシューリヒトは、のを情熱的に指揮して、見事にオーケストラを立ち直らせた。 こうしたことがあって、口さがないの楽団員もシューリヒトには一目置いて、「偉大な老紳士」と称して特別に敬愛していたという。 シューリヒトは圧倒的な美しさを奏でたが、 はスケールの大きさを見せつけた。 も相当な音量を出しているに違いない。 しかし、それだけではない。 私がの演奏を高く評価した理由は、 スケールの大きさだけではないことである。 第1主題の圧倒的なスケールから一変、第2主題はゆったりとしたテンポで美しく奏でる。 の音楽作りの高さがよくわかる。 伸ばすところはとことん伸ばし、美しいながらもスケールの大きさはこの場面でもあらわれる。 そして第1楽章コーダは冒頭部のように激しく、壮大に締め括る。 約28分の第1楽章。 第2楽章は標準的なテンポ。 しかし、 圧倒的な重厚感と力強さが伝わる。 一方、トリオは穏やかに淡々と進んでいく…。 そして、圧倒的な重厚感の主部がもう一度登場し、約11分で終了。 第3楽章であるが、 この演奏での第3楽章は特に素晴らしい。 約30分近い演奏時間であることから、全体的にゆったりとしたテンポで演奏されている。 たまにゆったりとしたテンポで演奏されると弛緩した雰囲気になる演奏がある。 しかし、はそんなことはない。 第3楽章冒頭の頂点部分では第2楽章のような力強さが登場し、一気に引き締まった印象になる。 その後のはゆったりとし、穏やかで美しい。 そして、第2主題に入るが、とてつもない美しさである。 流石というべき美しい弦楽器の響きが伝わってくる。 恐らく、 による第2主題が最も美しいのでは?展開部のクライマックスは冒頭のような力強さがもう一度登場する。 そしてコーダに入るのだが、これもまた美しい。 今まで以上にゆったりとしたテンポで回想しながらが自然と消えゆくように終わる。 孤高の巨匠と言われたよるは第7番〜第9番までと共演しているが、この第9番は最も晴らしい演奏であり、数多くある第9番の中でも名盤の一つといえよう。 第1楽章冒頭から少々の音が強めだな〜と思いながら頂点部に入ると強烈なが突き刺さる響きをしていた。 その後の第2主題であるが、多少はが大きい部分はあるも、穏やかな演奏である。 穏やかな雰囲気と大迫力の演奏とメリハリがついた演奏であるが、バンランスが悪いといえば悪い…。 もちろんコーダの大迫力はいうまでもないほどのの爆音で約23分の長さで第1楽章を終える。 第2楽章は、テンポは標準的な速さではあるものの、上記のようにが相当の音量である。 約10分。 第3楽章は、荘厳な雰囲気で弦楽器が流れるがその後のは相変わらず大きい。 第1楽章と類似した演奏である。 第2主題はとは違った美しさを響かせる。 美しさよりも哀切な雰囲気といえようか。 展開部のクライマックスは相当の音量が出ており大変力強い。 その後のコーダも弦楽器が良い響きをしており、も回想し、約23分で第3楽章が終わる。 この演奏は、第3楽章だけで終わらない。 第4楽章の冒頭はラトルの演奏でも述べるがどれも類似している。 スケッチが現存しているからだ。 第4楽章について資料や解説が乏しいため、詳しく述べることは難しい。 どうやら複雑なであるようだが、基本的なは序奏・提示部・展開部・再現部・結尾部からなり、二つの主題が提示部・再現部に現れるというものである。 全体的に複付点音符が目立つ楽章であり、なんとなく 第5番のような雰囲気に第8番の輝かしいフィナーレを加えたような雰囲気である。 個人的に第3主題(恐らく、トランペットが下降していく箇所)が好み。 コーダの前には他ののように第1楽章の第1主題の再現が来る。 最後はとなって華やかに締めくくる。 約20分 第4楽章がどうなっているのか興味本位で購入したものである。 第1楽章から重々しい緊張感に満ち溢れたである。 そして冒頭の頂点部は、 らしい豪快な音で圧倒的な頂点を作り上げる。 次に第2主題であるが、から転調を繰り返し、 になった瞬間あたりが神々しく明るくなったように開ける。 コーダはらしい物凄い豪快な音量で締め括る。 上記hrと同様に約23分で終える。 第2楽章冒頭のピツィカートは標準的なテンポかと思いきや… 主部に入ると少しテンポが遅め。 ものすごく重々しい雰囲気となっている。 個人的にこのくらいのテンポがちょうど良い。 それにしても凄まじい重厚感だ。 トリオに入ると少しテンポアップ。 たまにインバルの声らしきが聞こえてくる?コーダの音量も強烈である。 約11分で重厚感あふれるが終了する。 第3楽章冒頭、やはりインバルの声が入っている。 特に冒頭の頂点部分に入る前がよく聴こえてくる。 その唸り声に連れられてか頂点部分も相当の音量が出てくる。 第2主題は少し重々しいが、十分に美しい響きをしている。 いやそれにしてもよく唸り声が聴こえてくる(笑)。 展開部のクライマックスも豪快に演奏する。 コーダはゆったりとしたテンポで美しく奏でられ、が消えゆくように約23分のが終わる。 残念ながら拍手はなし。 はに注目されるオーケストラであるが、も非常に得意とするオーケストラであると認識できる。 インバルは だけでなく、に対しても世界的注目を浴びるからこそ成し遂げられた音楽がそこにあろう。 何よりも第2主題であるが、流れるように美しい。 ゆったりとしたテンポで演奏される第2主題はに引けをとらないほどである。 その後の第3主題も弦楽器の響きが美しい。 が作り上げた音をヴァントが指揮をするような格好になろう。 コーダも柔らかい音色を十分に鳴らしながら約27分でする。 第2楽章は標準よりわずかテンポが速いような気がする。 特に 主部の弦楽器のスタッカートが凄まじい。 第3楽章は素晴らしいの一言に尽きる。 冒頭の頂点部分は爆発したかのような大迫力。 その後は、第2主題も非常に美しく響いており、思わず恍惚としてしまう。 展開部のクライマックスは力強いが鳴り響き、第1楽章第1主題を再現する。 その後のコーダはゆったりとしたテンポで言葉に表すことができないほど美しい音楽となる。 フルート、弦楽器、が見事に回想し、約26分で終える。 この上ない美しさに包まれることになろう。 拍手入り。 ヴァントによるは主に、、北ドイツ放送響、・フィルの録音があるが、私は・フィルとの録音が最も好む。 他の指揮者にはない風格が溢れている。 冒頭部の頂点部はやはりは強めであり、の力強さがよく出ている。 美しい第2主題は標準より多少速めのようなテンポである気がする。 へ転調すれば崇高な響きがあたり一面に広がっていく。 第3主題も少し速めのテンポで演奏されている。 コーダの力強さは全盛期のならではの壮観な響きであり、第1楽章で凄まじいものである。 約24分 第2楽章のも力強く、淡々と進んでいく。 でもでもは強めに鳴らすため、より力強い主部を聴かせる。 コーダはより力強く、狂乱的に締め括る。 約10分。 第3楽章は美しいながらにも力強く、荘厳な雰囲気を奏でる。 第2主題はテンポを落としてゆったりと進んでいく。 はスピード狂といわれているが、第5番第2楽章のと同様にゆったりとしたテンポで演奏することもある。 速いだけが全てではない。 展開部のクライマックスも第1楽章第1主題を力強く奏でる。 他の指揮者にはない力強さは、レガートを多用するスタイルがあるようだ。 コーダもわずか速めのテンポであるが、弦楽器が途切れなく美しい旋律で約24分で終了する。 ブラボー入り。 現在レア盤となっているため、中古屋さんに行くと販売している可能性あり。 冒頭の頂点部分も非常にゆったりとし、壮観である。 第2主題はさすがの芸術性の高さがうかがえる。 美しく、流れるような響きはの美しい旋律を引き出す。 へ転調するとより一層明るさと美しさが広がっていく。 コーダもタメるところはタメ、一気に爆発して約28分で締め括る。 第2楽章はのテンポが見事にヒット!私が紹介した中で最も遅いテンポで1音1音がズンズン響いてくる。 そして重く、荒々しい主部である。 の評価がこれほど高いのはこの点にある。 トリオに入ると標準的なテンポで駆け抜け、主部に戻ると重く、荒々しい音楽に戻る。 第3楽章は、まるで第4楽章を聴いているようだ。 私の好きな第2主題もゆったりと流れるように美しく奏でる。 そして、激しい展開部のクライマックスを終えたコーダであるが…あれ?そんなに速くない、標準的なテンポだと思っていた。 しかし、 ヴァイオリンが下降した後、止まってしまうほどのスローテンポ。 そしてが消えゆくように、約26分のが終了。 指揮者の代表とも言えるが を振るとはどのようになるのか…。 それは、凄まじいドラマティックな演奏となった。 をとが行った後にとが同演奏をした。 今回はその逆のような気がする。 とがを振り、その後にが振った。 第1楽章〜第3楽章の間で特筆するとしたら、 第1楽章おそらく再現部(2回目の)第2主題がの透き通るような美しい音色が響き渡っている。 しかし、この演奏については第4楽章を主眼に置く。 結論から述べるとするとめちゃくちゃ格好良い!序章〜第1主題辺りはサマーレ、マッツーカ補完版とほぼ同様。 第3主題のトランペットが非常に伸びやかであり、弦楽器も非常に美しく、さすがは世界最高峰オーケストラであるである。 ラトルの独特な強弱やテンポアップ等も少なく、すっきりとした解釈であり、これまでのとは違った雰囲気となる。 コーダ前の複雑な第1楽章第1主題の再現も非常に力強い。 そして、コーダは非常に華やかであり、で荘厳に締め括る。 =というイメージが未だに強いが、ラトル=のイメージも強くなっているような気がする。 最も、市との結び付きが強いのも否定できない。 そして朝比奈先生独特の重厚感たっぷりの音色を響かせる。 インバルも大野先生もで第9番を振っているが、朝比奈先生も相当の音量である。 第2主題も美しい旋律を響かせている。 コーダに入れば、もびっくりするような壮絶な音量で締め括る。 第2楽章も壮絶であるが、少し厳しすぎる印象…。 引き締まった主部の方が好みなのだがちょっと厳しすぎる…。 テンポは標準的である。 第3楽章はゆったりとしたテンポで始まるが、すでに荘厳な雰囲気が辺り一面に広がる。 美しい第2主題も朝比奈先生にかかれば重厚感ある厳格な音楽となる。 展開部のクライマックスは如何にも巨匠朝比奈先生の風格を示す。 第5番コーダのような音楽的建造物が聳え立っているようである。 その後のコーダは弦楽器とが幻想的で美しく奏でてする。 ライヴ盤であるが、ブラボーなし。 朝比奈先生の第9番は、の他に東響、大フィル、がある。 正直いうとと間違えて購入したものであるが良いや(笑)。 に比べると少し穏やかで柔らかい印象がある。 第1楽章からホルンの伸びやかな音色が響き渡る。 頂点部になると朝比奈先生特有の重厚感と東響の柔らかい音色が一面に広がっていく。 そして第2主題はゆったりとしたテンポで美しく奏でている。 そしてコーダは非常に力強く締め括る。 トランペットはよりは弱いものの、逆にそれが重厚感を増していくのだ。 第1楽章はに比べて、2分長い。 第2楽章も非常に力強い。 低音楽器が鳴り響き、朝比奈先生特有の重厚感がここでも味わえる。 に比べて多少テンポは遅めであり、より一層力強い主部となっている。 私好みの演奏だ。 第3楽章においては、 東響の美しい音色が響き渡るとなっている。 が荘厳な雰囲気ならば、東響は神秘的な雰囲気といえよう。 第2主題は想像通りの美しさであり、特有の美しさであるを堪能できる。 展開部のクライマックスは非常にダイナミックである。 コーダは非常に美しいのだが…最後の最後でがよろけてしまった。 あれがなければ素晴らしい演奏だったが…しかし終わりは消えゆくように終わっていく。 よろけた箇所はもう忘れてしまうほどだ。 ブラボー入り。 朝比奈先生と東響の演奏はあまり見かけないが、名演が多そうだ。 ホール内とは違った荘厳な響き方をする。 ロシア系のレパートリーが豊富なであるがはどうか。 第1楽章から・フィル特有の柔らかい音色が響き渡る。 冒頭頂点部分も壮大である。 第2主題はゆったりと流れる川のように美しく進んでいく。 野生的でダイナミックな指揮をするであるが、非常に美しい音色を響かせることもある。 コーダは相当の音量が出ているようだが、という構造のせいか少々濁ってしまっている印象である。 第2楽章。 特筆することはあまりないが、強いていうならば、や朝比奈先生のような一気に持っていくような雰囲気ではなく、1音1音丁寧な箇所が所々見られる。 第3楽章は非常に美しく、ゆったりとしたテンポで奏でている。 私の好きな第2主題も美しい弦楽器が響いている。 実際にで聴いていたらどれほど美しいのだろう…。 考えただけでも鳥肌が立つほど感動する。 展開部クライマックスはらしい野生的な迫力を見せる。 コーダは美しいのだが、テンポが少しだけ速い。 という物凄い残響から考えるともう少しゆっくりと演奏して欲しかった。 しかし、のは決して悪くはないが…。 指揮者とは言い難い。

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上野 イブ 朝比奈ホルン

朝比奈ホルン

この演奏はリサイタルや大阪フィルの定期演奏会のライヴ録音です。 モーツァルトのホルン協奏曲第2番は同時期に録音した千葉馨に勝るとも劣らない演奏です。 軽いヴィブラートが心地よい響きになっています。 外山雄三のホルン協奏曲は近藤望に献呈された曲で、日本の馬子歌が主題となっています。 きれいな曲で豊かなヴィブラートが小節のきいた歌になっています。 なお第1楽章だけが収録されています。 ロゼッティのホルン協奏曲ニ短調は恩師エーリヒ・ペンツェルが初めて録音した名曲ですが、近藤の演奏は完璧です。 ときおりペンツェル先生かと思うような演奏です。 第2楽章のカデンツァはペンツェルのものでした。 ヒンデミットのホルン協奏曲は1973年の録音ですが、生演奏そのものが少ない曲でそれを完璧に吹いています。 驚きの演奏です。 時にはデニス・ブレインを彷彿させる名演です。 R・シュトラウスのホルン協奏曲1番は朝比奈隆との共演で1973年の定期公演での演奏でした。 非常に伸びやかに堂々とした冒頭が印象的です。 朝比奈のサポートもさすがで素晴らしいです。 第2楽章、第3楽章のソロも文句なしでした。

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