だけどあの頃の僕にとっての。 #16 【EVA】 15 I wish your・・・・・

清原果耶「今とあの頃の僕ら」歌詞意味解釈!傷つきながらも生きていこう!

だけどあの頃の僕にとっての

最近、とをちょろちょろと聴き直している。 両バンドとも、えのきの中高生時代の辛い根暗生活を支えてくれたものだ。 についてはどっか別で書く。 今日はと、それに関連したについて書こうと思う。 については思い入れはあるが、色々と視聴環境だったりして全てを網羅しているガチな信者とはとても言えないので、色々と抜けがあるかもしれないが悪しからず。 をざっくりと説明しておくとがボーカルを務めるバンドだ。 の曲ばかりではないけど。 音楽を媒介に悪魔教を布教するために組織された「教団」という設定で、メンバーも皆悪魔である。 メインで活動したのが80〜90年というのもあって現在アラサーであるえのきですら中高生時代に知った時には既に解散していた。 ちょくちょく復活してライブならぬミサはしているけど 中高生時代、それまでよく知らなかったハードロックだとかヘビィメタルというジャンルは爆音で聴くことで憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれるような感覚と、 自分が他とは違う人間だという歪んだ自尊心を満たしてくれた。 でバズっていた画像に「はまだガンに効かないがそのうち効くようになる」というのがあった。 まあ概ね笑えるキャプだなとも思うし、今はそこまで音楽にのめり込んでいないのもあって普通に面白いのだけど、少なくともどうしようもなく道端の石の裏側みたいな根暗な青春時代にをきっかけに効いた音楽はとても良く効いた。 今振り返ると自分に酔っている部分も多々あって好んでいたのだろうけど、それでも好きになって聴いたものというのは年月を経て本当に好きになるものだなと思う。 思い出(というにはろくな思い出は何もないが)と全く関連付かないの曲の歌詞を聴くとそれだけで懐かしい気持ちになる。 曲に関しては悪魔的な世界観がよく表現されているの色がついた初期が好きだけど、ギタリストとしてはが好きだったり、どの時代でもそれなりに好きな曲がある。 で聴けるのとあり、振り返って何枚か聴いていたりする。 印象深いアルバムは『THE END OF CENTURY』と『恐怖のレストラン』あたりだろうか。 中高生だった自分にとって、現役ではないバンドのCDを探すのは大変だった。 インターネットには既に触れていたけれど、パソコンからとなると親のパソコンだったりするもんだから自分のCD、というか音源の入手方法は足で探すしかなかった。 とかネットショッピングを利用するハードルが高かった 買うためにとかのCDショップに行っても解散したバンドのCDは無い、あっても解散間際の惰性で作ったような適当なベストアルバムだったりする(いやの解散直前のあたりのベストはなんかそういう印象だったんですよ、今聴いたら印象変わるかもだけど) だから曲の聴きたさにとかをチャリで巡る巡る。 これがでもさっぱりない、全くない。 たまにバンドのコーナーを見つけても全ては揃っていなくて、「うわーん、このアルバムが聴いてみたいのに!」なんてこともしょっちゅうだった。 『THE END OF CENTURY』はそんな中でようやくで見つけることのできた教典というのもあって凄い印象に残っている。 演奏はカッコ良いわ歌は上手いわ、曲の世界観も良いわで「マジすげえ!」みたいな感覚になった。 JACK THE RIPPER、FIRE AFTER FIRE あたりは今でもちょくちょく思い出しては聴き直す。 『恐怖のレストラン』は近所の図書館で出会った。 今思うと拗らせすぎだろうと思うが高校をサボって自転車で近所を延々とうろついていた時があった。 自転車をキコキコ漕いで学校に行くのが急に「うわぁ馬鹿らしい」みたいな気分になったのだ、 バカのきだよ。 でも、そういう衝動を持ったところで行く場所など金のない高校生には無いので仕方なく近所の図書館へ行った。 お、CDコーナーもあるのか。 なんて思いながら (まぁでも自分が好きな奴はないだろうな)なんて今思い返すだけでタコ殴りにしたくなる歪んだイキりメンタルでCDコーナーを見てビックリ。 の『恐怖のレストラン』との『断罪!断罪!また断罪!!』があった。 「図書館ってすげえ!!」そう思った。 寄付したものとかそういうのが並べてあっただけなのだが、図書館という公共の施設が自分のような教室の隅っこで机に突っ伏して寝ているような人間向けのCDを置いていることに衝撃を受けた。 「俺のために置いてある!」みたいな錯覚すら覚えた。 それも、恐怖のレストランはの中でもかなり過激な色の強いアルバムで、静かにしないといけない図書館に爆音で聴く過激な音楽があるというのが「最高にロックだ」なんて思ったりした。 まぁ自分の人生に物語性はないため、このCDの出会いに関係なく翌日は普通に高校に遅刻して行き、なんだかんだで卒業して色々と人生寄り道して今に至る。 『恐怖のレストラン』はアルバムとして好きかというと、「まぁ普通」ぐらいのポジションなのだけど、そんな思い出があって色々と特別なアルバムだ。 当時はみたいのに通っていたのでのライブ(ミサ)のビデオを見れたりする機会があった。 とにかく好きなものの情報に飢えていた。 のでのスレッドで裏話的なものを調べたり、個人サイトなどの感想だとかを見て、とにかくに関連した情報を集めたりしていた。 今思うと公式の動画でなかったのだと思うけどポンポンと貼られているURLを踏み、テレビ番組の録画の動画とかも見た記憶がある。 (今は見てないですよ、当時何にも知らず見てただった、反省) そんな中で色々との曲だけでなく、バンド自体のキャター性というか、バンド自体と各メンバーを好きになった。 それは今のバーチャルユーチューバーとかでもある"ガワ"と"魂"の関係みたいなものだった。 は悪魔という設定で公式にはいつも活動していた。 ライブの名称はミサだし、アルバムは教典だ。 でも、そんな悪魔達であるというのにMCだとか演奏時以外のでは「全然悪魔じゃないでしょ!」とツッコミたくなるような脇の甘さがあった。 1999年の7月に解散予定がスケジュールミスで12月31日まで活動したりだとか、ちょっと調べれば誰でもわかるくらいに「悪魔設定」は隙がある。 でも、公式には常に悪魔だった。 ちゃんと悪魔として自分達を演じきっていたわけだ。 (自分の知識不足とかうろ覚えもあるかもしれないが) 隙だらけでありながら、悪魔としての設定を守り、悪魔としてバンドを解散した。 えのきはブログでも何度か触れたがで好きな動画に「裁判」がある。 第一回でオタ芸の話題になり 「そう!あれは!のライブに行った時のことでした!」なんて風に"の魂"が漏れ出ているあたりが最高に好きだ。 も隙だらけだ。 妙に俗っぽかったり、だったり、インテリジェンスなスーパーAIという"ガワ"は 「いやいやそんなAIないでしょ!」とツッコミを入れようと思えば簡単に言えるものだ。 でも、も公式にを貫いている。 が"ガワ"から"魂"が漏れ出ているように、も"悪魔"から"人間"が漏れていたりしたが両方とも自分達を貫いていた。 そんなアンバランスさが楽しく、面白く、高校生時代の自分からアラサーリーマンの現在の自分までを一本で繋いでくれている感じがして息抜きに久しぶりに聴いたとよく見ているの動画が重なって、しみじみとしてしまった。 あの時、たしかに自分にとってのはだった。 そんな暴論を思ったりした。 enonoki.

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【メモ公開】僕にとってこれからの「学び」とは?

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ご了承ください。 わたしの中の、山田涼介さんがお誕生日を迎え、27歳になったと聞きました。 まずはじめに、山田涼介さん。 お誕生日おめでとうございます。 忘れもしない5月9日。 山田担を降りてもう数年経つというのに、いまだに覚えているこの日。 それくらい、私にとって山田涼介さんという人は大切であり、衝撃的な人だった。 山田涼介さんを好きになったのは、2008年に見ていたスクラップ・チャーがきっかけでした。 スーパー中学生の高杉くん役として、ダメ教師たちをヒィヒィ言わせていた、あの正論バカで冷酷で、だけど、どこか可愛くて憎めなくて、本当は優しい高杉くん。 「高杉くんやってる人って、誰なんだろう?」から始まり、「あ、ジャニーズのHey! Say! JUMPの人なんだ」「すごい!かっこいい!応援したい!」 そう思った時からわたしのジャニヲタ人生はスタートし、 当時のなけなしのお小遣いをはたいてHey! Say! JUMPさんのCDを買ってはディスクがすりきれるほどに聴き込んで、雑誌などを買っては何度も何度も読みふけて、どんどんどんどん好きになっていった。 Hey! Say! JUMPさんが1年ぶりにシングルを出すと知ったときも、大好きな山田くんが単独でドラマ出演が決まったときも、Hey! Say! JUMPさんが初めてのアルバムを出すと決まったときも、泣いて喜んだ。 ずっとずっと、楽しかった。 だけど、正直、あの頃は山田くんが好きと言っても否定的な言葉しか言われなかったり、バカにされたりなどで、幼いながらも「好きな人を好きでいちゃダメなのか」と思っていた。 だけど、山田くんやHey! Say! JUMPさんが好きな子たちと友達になれたとき、すごくすごく嬉しかった。 小、中、高の中で、山田くんやHey! Say! JUMPさんがきっかけで友達になれた子たちは、どれくらいいるんだろうと思うほど、たくさんの友達ができた。 大人になった今でも、わたしと仲良くしてくれている友達の大半は、その当時に仲良くなった子たちです。 あの頃、ず〜〜〜〜〜〜〜〜っと、永遠に大好きだった山田涼介さん。 楽しかったときも、嬉しかったときも、悲しかったときも、辛かったときも、死んでやろうかと思うくらい絶望したときも、どんなときでも、わたしの心には山田くんがいた。 結局、2013年の12月に山田担を降りるまでずっと、山田担として全力でヲタク人生を駆け抜けた。 大好きだったピークの山田くんは、17歳だった。 あの頃の山田くんは少し大人になっていたけれど、好きになった頃の面影が残る、純粋で、無邪気で、おふざけ坊やで、いちごが大好きで、お顔がまん丸で、ずっと同じネックレスしてて、ちょっとだけ襟足の長い髪の毛で、ファンを喜ばせようと、どんなことがあってもいつも全力でアイドルを貫く。 そんな山田くんがどうしようもなく大好きで、可愛くて、愛おしくて。 彼は今も変わらず輝いているけれど、その当時の彼は、私の中で「黄金期」と呼べるほど、まぶしいくらいに輝いていた。 そんな17歳の山田くんは、まぎれもなく私の青春のすべてだった。 もちろん、降りるそのときまでの山田くんも私の青春だ。 だけど、私の中で17歳の山田くんは別格だった。 私のすべての青春を捧げたのは、他の誰でもない、 山田涼介さん。 ただ1人だった。 そんな、私の全青春そのものである「17歳の山田涼介くん」から あっという間に10年が経ち、「27歳の山田涼介さん」になった。 もうすっかりアラサーになり、あの頃の面影は多少あるものの、素敵な男性になった山田涼介さん。 大人になったんだと嬉しく思う反面、寂しいような。 ただただ、いつまでもあの頃の「山田涼介くん」を大切にしていたいと思うのは悪いことだろうか。 私が初めて好きになった人であり、大切なことをすべて教えてくれた人であり、ずっとずっと仲良くしていきたいと思う友達と出会わせてくれた人であり、私の全青春を捧げた、山田涼介さん。 これからも変わらず、その優しさと底抜けのアイドル精神と無邪気さと愛を忘れずに、たくさんのファンの方々を幸せにしてください。 改めて、山田涼介さん。 お誕生日おめでとうございます。 あなたにとって、愛と幸せがあふれる素敵な年になりますように。 私が愛した、私の「青春」に花束を。 💐 snow27.

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みゆはん 恋人失格 歌詞

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ご了承ください。 わたしの中の、山田涼介さんがお誕生日を迎え、27歳になったと聞きました。 まずはじめに、山田涼介さん。 お誕生日おめでとうございます。 忘れもしない5月9日。 山田担を降りてもう数年経つというのに、いまだに覚えているこの日。 それくらい、私にとって山田涼介さんという人は大切であり、衝撃的な人だった。 山田涼介さんを好きになったのは、2008年に見ていたスクラップ・チャーがきっかけでした。 スーパー中学生の高杉くん役として、ダメ教師たちをヒィヒィ言わせていた、あの正論バカで冷酷で、だけど、どこか可愛くて憎めなくて、本当は優しい高杉くん。 「高杉くんやってる人って、誰なんだろう?」から始まり、「あ、ジャニーズのHey! Say! JUMPの人なんだ」「すごい!かっこいい!応援したい!」 そう思った時からわたしのジャニヲタ人生はスタートし、 当時のなけなしのお小遣いをはたいてHey! Say! JUMPさんのCDを買ってはディスクがすりきれるほどに聴き込んで、雑誌などを買っては何度も何度も読みふけて、どんどんどんどん好きになっていった。 Hey! Say! JUMPさんが1年ぶりにシングルを出すと知ったときも、大好きな山田くんが単独でドラマ出演が決まったときも、Hey! Say! JUMPさんが初めてのアルバムを出すと決まったときも、泣いて喜んだ。 ずっとずっと、楽しかった。 だけど、正直、あの頃は山田くんが好きと言っても否定的な言葉しか言われなかったり、バカにされたりなどで、幼いながらも「好きな人を好きでいちゃダメなのか」と思っていた。 だけど、山田くんやHey! Say! JUMPさんが好きな子たちと友達になれたとき、すごくすごく嬉しかった。 小、中、高の中で、山田くんやHey! Say! JUMPさんがきっかけで友達になれた子たちは、どれくらいいるんだろうと思うほど、たくさんの友達ができた。 大人になった今でも、わたしと仲良くしてくれている友達の大半は、その当時に仲良くなった子たちです。 あの頃、ず〜〜〜〜〜〜〜〜っと、永遠に大好きだった山田涼介さん。 楽しかったときも、嬉しかったときも、悲しかったときも、辛かったときも、死んでやろうかと思うくらい絶望したときも、どんなときでも、わたしの心には山田くんがいた。 結局、2013年の12月に山田担を降りるまでずっと、山田担として全力でヲタク人生を駆け抜けた。 大好きだったピークの山田くんは、17歳だった。 あの頃の山田くんは少し大人になっていたけれど、好きになった頃の面影が残る、純粋で、無邪気で、おふざけ坊やで、いちごが大好きで、お顔がまん丸で、ずっと同じネックレスしてて、ちょっとだけ襟足の長い髪の毛で、ファンを喜ばせようと、どんなことがあってもいつも全力でアイドルを貫く。 そんな山田くんがどうしようもなく大好きで、可愛くて、愛おしくて。 彼は今も変わらず輝いているけれど、その当時の彼は、私の中で「黄金期」と呼べるほど、まぶしいくらいに輝いていた。 そんな17歳の山田くんは、まぎれもなく私の青春のすべてだった。 もちろん、降りるそのときまでの山田くんも私の青春だ。 だけど、私の中で17歳の山田くんは別格だった。 私のすべての青春を捧げたのは、他の誰でもない、 山田涼介さん。 ただ1人だった。 そんな、私の全青春そのものである「17歳の山田涼介くん」から あっという間に10年が経ち、「27歳の山田涼介さん」になった。 もうすっかりアラサーになり、あの頃の面影は多少あるものの、素敵な男性になった山田涼介さん。 大人になったんだと嬉しく思う反面、寂しいような。 ただただ、いつまでもあの頃の「山田涼介くん」を大切にしていたいと思うのは悪いことだろうか。 私が初めて好きになった人であり、大切なことをすべて教えてくれた人であり、ずっとずっと仲良くしていきたいと思う友達と出会わせてくれた人であり、私の全青春を捧げた、山田涼介さん。 これからも変わらず、その優しさと底抜けのアイドル精神と無邪気さと愛を忘れずに、たくさんのファンの方々を幸せにしてください。 改めて、山田涼介さん。 お誕生日おめでとうございます。 あなたにとって、愛と幸せがあふれる素敵な年になりますように。 私が愛した、私の「青春」に花束を。 💐 snow27.

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