貴景勝 母 プロフィール。 貴景勝の母親が綺麗すぎる!若い頃の画像や職業と現在の仕事はなに?

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貴景勝 母 プロフィール

スポンサーリンク 貴景勝関の母・純子さんが「美人母」と言われるその美貌の魅力は芦屋にあり 貴景勝関の出身は兵庫県芦屋市。 芦屋といえば山側と海側に分けられ 山側にお住まいの方々はお金持ち。 と昔から言われるくらい 関西では有名な上流階級層が集まるお土地柄です。 例えば 丸紅の創業者・ダイエーの創業者 作家の谷崎純一郎・コシノジュンコ こんな有名な方々の豪邸がある場所です。 貴景勝関の実家は山側にあり、 高級住宅街に位置します。 そんな貴景勝関のお母様は とついでこられたとは言え 高級住宅街で育った風格は お土地柄ならでわのものです。 よそから流入してきた美人とはオーラと 風格が違います。 お嬢様で育った来られたその風格が 女優モデルみたいと言われる由縁です。 こう見てみると松坂慶子さんのような オーラを感じます。 スポンサーリンク 貴景勝関の母・純子さんの美貌画像 貴景勝関の母・純子さんは2019年3月の段階で現在52歳。 とても52歳にはみえないその美貌。 春場所終了後、大関昇進を祝福しようと 千賀ノ浦部屋のパーティーが開かれた その会場に現れた貴景勝関母・純子さんの姿。 ベージュのスーツをスレンダーに着こなし 美容院でヘアースタイルをアレンジして こられたそのスタイルは 20代の方たちがされるような 流行的なアップスタイル。 それでありながら、 「芦屋の育ちの良さ」の風格も きちんと清楚に表現できるそのセンスが 女優を感じさせるところなのでしょう。 貴景勝関の母・純子さんの若かりし頃の秘蔵映像 若い頃の貴景勝関の母・純子さんの 姿を見てみましょう。 貴景勝関が生まれたてで 産衣すがたの写真です。 貴景勝関が21歳なので 事写真はお母様が30歳の時。 透き通るような透明感と品のある 美貌がしっかり現れています。 さらに、貴景勝関が幼稚園の時 自宅の和室のお座敷であろうところで 撮られた写真です。 やはり芦屋の豪邸だけあって 背景に見える和室の障子など 家屋の作りが高級感を感じさせます。 着物姿の貴景勝関の母・純子さんの姿は また、洋服姿とは異なる 貴婦人の風格があります。 威厳ある写真のお父さん。 父・一哉さんの職業やスパルタぶりが 気になる方はこちらを御覧ください。 スポンサーリンク 貴景勝関の母・純子さんの食事作りに明け暮れた日々 小学校3年年生までは空手をしていた貴景勝関は 30Kgの体重で 細い体格のお坊ちゃんでした。 それが空手の判定で負けたことから 勝負がはっきりする相撲に魅力を見出し 相撲へ転向。 30Kgの体を大きくするために毎日食事作りに 明け暮れていたそうです。 その量は肉1Kg。 子供が好きとされるハンバーグが多かったようで 21歳と大人になった貴景勝関は ハンバーグ嫌いだけど 肉は大好きというトラウマになっているそうです。 スナック菓子やジュース類を禁止していた 息子の健康を気遣っていたお母さん。 肉類中心でタンパク質を意識した食事づくりの食費は 毎日30万円もかかっていたそうです。 また、小学校の頃のお弁当のおにぎりは15個。 エネルギーにすると3500Kcal。 お弁当を忘れた女子におにぎりを分けてあげて 喜ばれたとか。 15個もあったら、そりゃ、2個3個減ったところで お腹は十分満たされますよね。 食事管理の凄まじさは貴景勝関を小学校から追った記事で 記載していますので是非ご覧ください。 かわいい貴景勝関の様子を たっぷり楽しむことが出来ます。 さらに、貴景勝関の通っていた仁川小学校は 医者も多く排泄している小学校。 勉強の出来がきになるお母さんは 教育ママぶりを発揮して 勉強を促すようにしたいたのです。 貴景勝関の母・純子さんは力士になることに反対だった そんな献身的にサポートをしていた 貴景勝関の母・純子さん。 本当は最後まで(力士になることに) 反対していたそうです。 当初は「大学に行ってほしかった」と。 なぜなら頭からぶつかる競技は 心配でならなかったのです。 でも、「貴乃花部屋に入ったとき、 腹をくくりました」と話されています。 スポンサーリンク 貴景勝関の母・純子さんの母親としての優しさ 2019年春場所。 終盤の3連敗が続いた時 貴景勝関の取り組みを見て 「重圧のために体ががちがちになっている」 ように見えたという母・純子さん。 心配でたまらなくなり、 「(大関昇進は)もういいから」と LINEでメッセージを送信。 しかし、帰ってきた返事は 「大関になる」という力強い返信の言葉。 場所中に弱音を吐くことのなかった 貴景勝関は今回もまた 弱音ではなく、しっかりとした強い気持ちを お母さんに伝えました。 そんな貴景勝関のお母さんは 春場所語の観戦後、涙を浮かべならが 「今後は一つ一つの勝負に、よりプレッシャーがかかる。 心も体も健康に頑張ってほしい」と思いやっていました。 春場所終了後のパーティーでは 貴景勝関の母・純子さんは 次のように誇らしげに語られています。 「最後まで主役を張って、逆に『もってる』。 ドラマを作ってすごい子だと思います」と。 さらに、「毎日緊張した15日間でした。 でも人生で一番生きてきて最高で 最良の日になりました。 優勝の時よりも何倍もうれしい」と語っておられます。 その他、2019年初場所で 優勝を成し遂げたその時。 そこでも、貴景勝関の母・純子さんらしい 母だからこそ心配で仕方ないといった 一面を出されています。 優勝が決まるその試合で 「(取組は)見られませんでした。 会場をウロウロして勝ち名乗りを 聞いて『あぁ、勝ったんだぁ』と」と 息子とのことはいつも心配。 しかしながら、そこには 貴景勝関の母・純子さんんらしい 優しさが垣間見ることができます。 さらなる貴景勝関の活躍を期待しながら美人母の姿も楽しみに見ていきましょう 2019年は千秋楽で初優勝。 2019年春場所では大関昇進。 今度は横綱昇進へとどんどん活躍の幅を広げていく 貴景勝関を応援しながら その側で優しく見守る貴景勝関の母・純子さんの 美人ぶりもチェックしていきましょう。

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貴景勝の実家はお金持ち!芦屋の父母の職業は?ぽよん動画も!

貴景勝 母 プロフィール

来歴 [ ] 幼少期~小学生時代 [ ] 兵庫県芦屋市出身で、本名の「貴信」は当時現役の横綱だった貴乃花から1字を取ったものであり 、そこにの「信」の字を加えてある。 父は「男に生まれたからには、天下を取らないと駄目だぞ」という思いを込めてこの名前を付けたという。 幼少期はブームの中で過ごし、、などのヘビー級の選手たちの試合をよく観戦していた。 貴信少年は5歳から3年次までを習い、全国大会で準優勝の実績を残したが、決勝で受けた判定に納得がいかなかった。 「おかしい判定(反則)で負けにされた。 判定がある競技はやりたくないと思った」 と空手をやめた。 空手を教えていた父親が「身体能力、闘争心などを考えると、いい大学に入れるだけではもったいない」と考えていたため、その後興味を持った相撲に転向。 3年生からは地元の道場(関西奄美相撲連盟)に通い始め 、小学校4年生から6年生の間までは芦屋の実家から東京にある貴乃花部屋のキッズクラブまで稽古に通った。 小学校時代は4年次にわんぱく相撲で全国3位、5年次に2位、6年次に3位の成績を収めている。 この時代、1回の食事で450gのハンバーグ3枚、特盛り3杯などのノルマを父に課せられ、小学4年生の頃に30㎏だった体重を2年間で約40㎏増加させた。 増量のために食費は1ヶ月で30万円を費やした。 2017年秋巡業中に行われたによるインタビューでは、数日間で約20㎏増加したこともあった旨を明かした。 父は仕事があるにもかかわらず中々食べ終わらない息子に付き合ったため、貴信少年は投げ出すことができなかったという。 この増量に伴い学級で最も早かった短距離走が、最も遅くなり、リレー選手に選ばれなくなったり、一時期ハンバーグが嫌いになったりしてしまったとされる。 因みに、ハンバーグは高校時代に食べた時、食べさせられている場合と自分から食べていることの違いを感じ、2019年2月24日放送分の『』では寧ろ「今では大好き」と話している。 食事のみならずトレーニング内容も父が考案した独特のもので、四つ足歩行での階段昇り、後ろ姿の坂道ダッシュなど、芦屋ではその行動から父子が奇人扱いされることもあった。 相撲を始めたばかりで体が小さかった頃から「関取になる」と宣言していたが、周囲からは当初笑われたという。 中学~高校生時代 [ ] 小学校卒業後は相撲の強豪校のひとつであるに進学し、3年次に全国中学生相撲選手権大会に優勝しのタイトルを獲得するなどの活躍をした。 その大会の決勝戦では後に大相撲でライバルとしてぶつかり合うと顔が合った。 2年次まで全く結果を出せず、角界入門もしくは高校進学に伴い7年間受け続けた父の指導から離れる前に父に恩返しできずに終わってしまうのではないかと不安に思っていた貴信少年にとって、この優勝は後に関取になったことよりもうれしかったという。 中学時代にはと稽古をすることがあったが、宇良との対戦成績は「五分五分」であったという。 中学卒業後は角界入門か高校進学かで悩んでいたが、埼玉栄高校の相撲部監督である山田道紀から「プロで活躍したいのなら、栄に来なさい」と勧誘されて高校進学を選んだ。 埼玉栄高校には普通科アスリートコースに特待生として入学した。 中学横綱のタイトルを獲得したこともあって高校入学当初の佐藤はやんちゃ坊主であり、先輩にタメ口を聞くなど勘違いした行動が目立ったが、山田の指導によって礼儀作法を身に着けた。 また、中学横綱であろうと先輩は容赦なく礼儀作法を教え、箸の上げ下げなども佐藤は細かく注意された。 掃除、洗濯、米炊きなどもほかの部員と同じようにやらされる中で、食事を作ってもらえることや洗濯をしてもらえることが当たり前ではないと気付いた。 実家でのハンバーグ中心の食生活で脂肪が多く付いていた体は、厳しい稽古と野菜中心の食生活によって130㎏から10㎏以上減って筋肉質なものに変わっていった。 相撲に関しては「最初から手がかからなかった」と山田が振り返るほど真摯であったといい、ある冬の夜の自主練習では通常より数段負荷がかかる爪先立ちで寒い稽古場に湯気が立つほど四股をやり込んでいた。 高校時代に修学旅行が行われた際にも「旅行で5日も休んだら、弱くなるよ」と言われ稽古に明け暮れた。 寮では山田が朝5時に起きて全員分のちゃんこを作ってくれていたので選手達は山田のために優勝しようという共通した思いを込めて相撲に取り組んだ。 山田監督のもと関東高等学校相撲選手権大会の無差別級で2連覇。 全日本ジュニア相撲選手権大会の無差別級2連覇。 他、高校全国大会7タイトル獲得。 3年次に台湾で行われたの無差別級で優勝 するなど多くの大会で抜群の成績を残した。 入門後 [ ] 2014年 [ ] 高校卒業後の進路はかねてより角界入門を希望しており、当初は10月開催の終了後に入門する予定であった貴信少年だが、「プロへの気持ちが日に日に高まった」 という理由で国体を待たずに、同年9月場所でに入門し、本名を四股名にして初土俵を踏んだ。 高校在学中(卒業内定前)に角界入りした力士の前例はあったが 、9月場所での入門は異例の早さであり、入門以降は高校に通い卒業を目指して勉学に励む傍らで本場所の土俵に上がり番付を上げることとなった。 尚、高校は最終的にももすることなく2015年3月に卒業した。 入門当初、現在と変わらず小柄な佐藤は、の腕の太さやの太ももの太さを見て、大相撲では戦っていけないと自信を喪失した。 当初の周囲の予想では関取は無理だと思われていた。 初めて番付に名前が載った2014年11月場所は7連勝で優勝。 2015年 [ ] 続く1月場所は優勝と順調に白星を重ねた。 東18枚目に上がった3月場所の3日目で入門後初黒星を喫して連勝は15で止まったが 、最終成績を5勝2敗として、続く5月場所で幕下に昇進。 初の幕下で土付かずの6連勝としたが、13日目の7番相撲で髙木(現・)との相星決戦に敗れて幕下優勝はならなかった。 9月場所でも再び土付かずの6連勝としたが、星違いで幕内経験者のに敗れてまたもや7戦全勝とならず、6勝1敗となった8人でトーナメント形式のに出場したが、決勝戦でに敗れて再び幕下優勝を逃した。 その後は西幕下7枚目まで上がった11月場所で3連勝のあと4連敗で初めての負け越しを経験。 2016年 [ ] 一旦番付を下げて、東幕下9枚目で迎えた3月場所ではみたび土付かずの6連勝。 13日目の7番相撲は幕内経験者のとの相星決戦をで制し、3度目にしてようやく7戦全勝で幕下優勝を果たした。 場所後の番付編成会議で5月場所での新十両昇進が決定した。 東13枚目で迎えた5月場所は新十両力士としては15日制定着以降史上6人目(その中でも10代では史上初)となる無傷の8連勝で勝ち越しを決め 、9日目で初黒星を喫したが14日目に2敗同士でとの直接対決に敗れるまでは優勝争いの先頭に立つ など、千秋楽まで優勝争いを展開した(この場所の十両優勝は千代の国)。 因みに優勝を逃したことにより新十両で中日勝ち越しを達成しながら優勝を逃すという、15日制定着以降では初の珍記録を作った。 7月場所では負け越したが、9月場所では10勝5敗、11月場所では12勝3敗で自身初の十両優勝を決め、2017年1月場所での新入幕を確実にした。 佐藤は「素直にうれしいです。 まずは本割の一番に勝たないといけないという気持ちでした。 もう一番やるつもりでやっていたのが、気が抜けたというかびっくりしました。 徐々に喜びが湧いてきました」と優勝の余韻に浸った。 新入幕の土俵に関しては「いい相撲を取らないと新入幕では通用しないんで、もっと力をつけないといけない」と気持ちを新たにし、将来の目標については「三役を目指したいです」と言い切った。 場所後には、新入幕と同時にそれまで本名のままだった四股名を、にちなんで「貴景勝光信(たかけいしょう・みつのぶ)」へ改名した。 2017年 [ ] 靖国神社奉納大相撲 貴景勝関の相手は妙義龍関(2017年4月17日撮影) 新入幕となった2017年1月場所は、初日から自分の相撲を取れず4連敗、しかしそこから4連勝で星を戻した。 しかし9日目から3連敗を喫し、14日目に十両のに敗れて8敗目、千秋楽は勝利をあげたが結局7勝8敗と新入幕勝ち越しとはならなかった。 2017年3月場所前の座談会では1月場所前の冬巡業で足首を捻っていたらしいと(元幕内・)や(元関脇・)から明かされた。 3月場所は3勝3敗の7日目以降8勝1敗と大きく星を伸ばし、最終的に11勝4敗でを受賞した。 5月場所は2場所連続となる11勝4敗の好成績。 特に11勝目はこの時点で同じ20歳でこの場所新入幕の阿武咲を破って得た白星であった。 激しいぶつかり合いを押し出しで制し「すごくうれしい。 同い年、幕内で唯一の同級。 小さい頃から知っている相手と、最高の舞台で戦えることがうれしいです」と声を弾ませた。 この場所でが東関脇2枚目で7勝8敗と負け越し、平幕で11勝を挙げた力士の中で貴景勝は最も高地位であったため、番付運次第では7月場所での新三役も有り得たが、三役から平幕に落ちる力士がいなかったため7月場所での新三役を逃した。 それでも7月場所は西前頭筆頭まで地位を伸ばした。 7月場所4日目の戦では突き合いとなり、途中で離れたまま相撲が止まり、白鵬がぶつかり稽古のように胸を出すポーズを取った。 8秒の間ができたが、呼びこまれるように差しに行った貴景勝はそのまま寄り切られて敗戦。 結局大関以上との対決ではこの場所1勝しただけで休場した以外からは白星を得られず、5勝10敗と上位陣の壁に阻まれた。 9月場所は一進一退の星取りであったが14日目に6敗目を喫するまで優勝争いに加わっており、最終的に9勝6敗の勝ち越し。 この場所は優勝したから金星を獲得したことが評価され、殊勲賞を獲得。 同学年の親友で、中学時代から全国大会で何度も顔を合わせている阿武咲がこの場所5日目に日馬富士から金星を奪ったことに刺激を受け「俺が先に行きたかった」と悔しがっていたが、自身も遅れること5日、念願の金星獲得となった。 千秋楽の支度部屋では「8勝ではもらえないと思っていたので、今日勝とうと臨んだ。 今場所はしっかり押し相撲が取れて、自分の相撲を貫けた」と納得している様子だった。 この場所は阿武咲も共に三賞を受賞したが、満年齢で言って最年少の幕内力士2人が揃って三賞を受賞した例としては5例目。 2017年11月場所では横綱・日馬富士、さらにからも金星を獲得した。 この場所は11勝4敗で殊勲賞を受賞し、2018年1月場所での三役昇進を確定的なものとした。 千秋楽のインタビュールームでは「かっこ悪いところを見せないように、がんばりました。 」「実力がないので、気持ちでいくしか自分にはないので、集中して何も考えずに無心でいったのが良かった」と場所を振り返り、スポーツ紙各社の取材には「上位陣にも無心でいきました、自分が緊張する必要はないので胸を借りる気持ちでいくだけです」「実力と自分の相撲をもっと磨いてから結果は後からなので、とにかくもっと強くなりたいです」と語った。 2018年 [ ] 2018年1月場所は部屋の兄弟子が被害者となったに対して調査への協力を拒絶した貴乃花が理事を解任される事態となった上で迎えたが、自身は「大丈夫。 場所で頑張るだけ」と影響を否定した。 しかし場所は5勝10敗と大敗に終わり、新三役場所は幕内上位の壁に跳ね返された格好となった。 西前頭3枚目で迎えた3月場所は6日目までに両関脇を破るなど3勝3敗の成績だったが、場所前から痛めていた右足首の状態が悪くなり、精細を欠く内容で7日目から4連敗。 そのまま場所11日目に「右足部挫傷で疼痛著明であり、約6週間の安静を要する見込み」との診断書を提出し、同日より入門以来初の休場。 この休場の悔しさから心機一転し、大好物のとを止め、栄養学についての勉強を始め、20種類以上のサプリメントを摂取するようになった。 西前頭10枚目に番付を落とした5月場所は7日目までに幕内下位の力士を相手に2勝5敗と苦しんだが、中日以降は8連勝と調子を取り戻して10勝5敗。 西前頭3枚目で迎えた7月場所は、2大関1関脇、さらに同場所好調だった平幕・に勝つなど存在感を発揮し、前場所に続いて10勝5敗。 9月場所は4場所ぶりの小結に復帰し、9勝6敗と三役で初めて勝ち越した。 2018年10月1日より、師匠貴乃花の日本相撲協会退職に伴い自身が所属する貴乃花部屋が消滅し、元小結・が師匠を務めるに移籍。 2018年11月場所、初日に横綱の稀勢の里、2日目に大関のに勝つなど6連勝と好調、7日目にに敗れるものの、その後も好調を維持。 14日目に優勝争いをしていた高安との直接対決には敗れたものの千秋楽は勝利、その千秋楽で優勝を争っていた高安が本割で敗れたため、 小結において13勝2敗の成績で幕内初優勝を果たした。 同優勝にまつわる記録は次の通りである。 小結の幕内優勝は事例が少なく、以降では初 、平成以降では5月場所で優勝した(現・年寄:)以来18年6ヶ月ぶり4例目、1場所15日制定着(1949年5月場所)以降では6例目、昭和以降では9例目(を参照)と、数える程度しかない。 22歳3ヶ月での初優勝は、年6場所制定着(1958年)以降では6番目の年少記録。 初土俵から所要26場所目での初優勝は、年6場所制定着以降では1992年5月場所で初優勝したと並んで4番目に早い記録。 初優勝の時点で関脇以上に在位歴がなかった小結力士の優勝は1993年3月場所の若花田(後の66代・)以来5例目。 2019年 [ ] 2019年1月場所は新関脇として臨み、直近2場所が三役(小結)だったため、成績次第では「三役に3場所連続で在位して延べ33勝」の目安をクリアでき、大関昇進の可能性があった。 同場所は4日目に横綱・稀勢の里が引退したり休場者が続出し、中日の「平成最後の」も盛り上がりに欠ける相撲が目立ったが、貴景勝は阿武咲との対戦を押し出しで制し、存在感を見せつけた。 10日目にに敗れた時点で7勝3敗となり、同日時点で10戦全勝だった白鵬と3差で優勝争いからは遠ざかった。 しかし白鵬が11日目より3連敗し14日目より休場、一方で自身が白鵬戦勝利も含め連勝を続けたことで、14日目を終えた時点で2敗の玉鷲を3敗で追う形となり、他力ながら連覇の可能性が生じた。 もし千秋楽の本割で玉鷲が敗れ自身が勝ち、続くで自身が玉鷲に勝てば、大相撲の優勝制度導入以降初の関脇以下での連覇を達成するところだったが、玉鷲の勝利によりその可能性は消滅、直後の大関・豪栄道戦ではで完敗し最終成績は11勝4敗となった。 勝った11番中9番が押し出しと押しに徹した場所であり、押し相撲を評価されて技能賞を初受賞。 直近3場所で三役に在位した上で合計33勝を挙げたが、2018年11月場所に上位陣との対戦が少なかったこと、時々見せる引き技など相撲内容が良くなかったこと、千秋楽で大関の豪栄道に完敗したことを理由に大関昇進は見送りとなった。 阿武松審判部長は「もう1場所見せていただきたいと思います」と審判部としての見解を示し、さらに2018年9月場所が9勝止まりであったことにも触れた。 2019年初頭の一部報道では「『組んだら幕下以下』という押し相撲一辺倒である部分から現状では将来性が乏しいのでは? 」という、後に大関昇進を見送られることに対する兆候を感じ取ったとも捉えられる分析も見られた。 ただ、阿武松審判部長は、3月場所で10勝以上することが大関昇進の最低ラインと答え、場所前の相撲誌の記事では「10勝以上すれば、当確ランプがともる」と報じられた。 1月場所千秋楽で右足裏を痛めて本格的な稽古の再開は3月1日まで待ったが、稽古再開のその3月1日には出稽古に来た逸ノ城に対して好調を示した。 2019年3月場所は10日目の鶴竜戦で勝ち越しを果たす も、14日目まで9勝5敗と以降は失速し、阿武松審判部長から「千秋楽の内容次第」と大関昇進について見解を示され、千秋楽を7勝7敗で迎える大関の栃ノ心との一番に昇進の行方が懸った。 結果大関栃ノ心に完勝して10勝5敗で今場所を終えた。 千秋楽の白星を収めた一番については「今場所は、父親が見にきたときに全部負けていて情けなかったので、最後に勝ててよかった」と話した。 阿武松審判部長は「私の記憶に残る中でこれだけ押し相撲で安定して白星を挙げられる力士はいなかった」と押し相撲を貫いた強さを高く評価し 、協会に貴景勝の大関昇進を諮る臨時理事会を要請し了承された。 これにより貴景勝の大関昇進は確実と報じられる。 27日に正式に大関に昇進した。 なお千秋楽の貴景勝-栃ノ心戦の結果により、逆に栃ノ心は大関からの陥落が確定したため、5月場所の番付は3大関で番付上の大関の人数としては変わらないが、27日に貴景勝が大関に昇進した後も、5月場所の番付発表までは栃ノ心は大関として扱われるため、その期間は4大関となる。 前相撲から取って初土俵から所要28場所での大関昇進はこの時点で年6場所制定着()以降日本出身力士としては史上1位、全体でも史上6位のスピード記録である。 「押し相撲一本やりで大関に昇進したのは以来のことである」という声も聞かれた。 昇進伝達式では「大関の名に恥じぬよう、武士道精神を重んじ、感謝の気持ちと思いやりを忘れず相撲道に精進してまいります」と口上を述べた。 4月20日の春巡業柏場所では高安、栃ノ心と自身の新旧大関による申し合いが行われたが、5勝8敗。 この春巡業で相撲を取る稽古は1週間ぶり2度目だが、調整の出遅れをうかがわせた。 しかし、「前回に比べて全然いい。 もう1段階、体を膨らませればもっと良くなる。 なかなか(3大関での稽古は)できることではない。 いい稽古ができました」と本人は焦らなかった。 また、大関昇進に伴い、母校の埼玉栄高校から新しい化粧まわしが贈られた。 先輩大関豪栄道の昇進時の際も、母校から化粧まわしが贈られていた。 関係者からは、「学校から2人目の大関。 気持ちを込めて贈りたい」と明かした。 また、貴景勝は、この日、群馬県の高崎市での春巡業で、2日連続となる申し合い稽古を8番とった。 貴景勝は、「この2日間はどれくらい体が動くか確かめた。 勝ちにこだわるから内容も考える」と、新大関場所へ気合を入れた。 ところが5月6日のの稽古総見では、白鵬を除く三役以上の力士との申し合いで3勝8敗と不調が伝えられた。 鶴竜らを押し切れずにつかまる内容が目立った。 2019年5月場所、2勝1敗で迎えた4日目に寄り切りで御嶽海に勝利したが、この取組で右膝を損傷。 このため5日目(5月16日)からは休場となった。 は「無理に(相撲を)取って相撲人生を終わらせるわけにはいかない。 ゆっくり時間をかけて治して欲しい」と話した。 休場が発表された際に公開されたスポーツメディアの記事によると、場所前のニ所ノ関一門の連合稽古の時点で既に首を痛めていた様子。 しかし貴景勝本人は17日深夜に痛みが引いたとして、千賀ノ浦に出場を直訴した。 このため千賀ノ浦は取り口について「(四つ相撲をしようとせず)突き、押しのいつもの自分の相撲を取って、絶対に下がるな」と念を押し、「再び痛みが出た際には半ば強制的にでも休ませる」ことを条件に提示。 本人がそれを了承したため、千賀ノ浦は8日目(5月19日)からの再出場を認める意向を明らかにした。 元師匠である貴乃花は5月19日の「一般社団法人 貴乃花道場」設立を発表する会見において、マスコミからの質問に対して「貴景勝が大関に上がってくれたっていうことが、私の何よりの喜びで、今日からまた再出場するものですから」と述べたうえで、自身が協会を退職している立場から「直接は教えることができないんですけれども、生き様というか、生きようを今場所残りの相撲でどれだけ教えてくれるかという期待感と、まだ上がありますので、目指してほしい」と願う発言をしている。 再出場の8日目に碧山にで敗れ、3敗目(2休)を喫した。 なすすべもない敗退で、土俵下で一番を見ていた審判長は「出たからにはちゃんとした所作でないと、相手にも失礼。 出たことで、もし大きなけがをしたら、相撲人生にかかわる」とコメントし 、NHK専属解説者のも中日新聞に連載中のコラム「はやわざ御免」で「貴景勝は休んだ方が良いと思う。 」と述べるなど 、関係者の反応は厳しいものであった。 貴景勝本人は支度部屋では「いつも通り。 万全」と取材に対応していたが、打ち出し後に千賀ノ浦が本人と会談し「相撲人生は長いから、我慢して無理はするな」と伝えた事を明かした。 本人は出場の意志を示したが、夜11時30分頃に千賀ノ浦が電話で「休場しよう」と本人に伝え、最終的には9日目(5月20日)から再休場となった。 再休場の診断書には、新たに「右膝骨挫傷」の診断結果も加わった。 千賀ノ浦は「(再出場は)間違ったことはなかった。 本人も経験して、相撲を取って納得したのでは。 (休場は)昨日の相撲を見て判断した。 休場は本人も考えていたかもしれない」と説明したうえで、再々出場については「一切ありません」と否定した。 稽古再開時期は未定で、5月場所中は治療目的以外の外出はせず、安静にするよう指示したという。 7月場所前の6月12日に千賀ノ浦部屋で稽古を再開した。 医師やパーソナルトレーナーなどの膝専門チームのサポートを受けてリハビリとトレーニングに励んでおり、師匠の千賀ノ浦も方針に理解を示しているという。 7月場所出場の可否については「あと1か月弱、チームの人とも『この週にこういう事が出来たら出られる、出られない』というところでやっている。 出られるのであれば出たい。 そういう中でやっている。 焦る必要はないけど」「治らなければ来場所休んで、また次を目指すしかない」と本人が説明した。 同月16日には都内で大関昇進披露宴が行われ、や、横綱・・、ら協会関係者をはじめ、両親、の山田道紀監督、のら約2000人の出席者が祝福に訪れている。 7月場所は番付発表後となる6月29日になっても実戦的な稽古に復帰できないなど調整の遅れが報じられた。 7月2日、名古屋入りして初めて稽古に出てきた本人は「段階を踏んでやってきた。 これだったら問題ない」と記者団に話した。 しかし幕下力士5人との稽古で、関取衆との稽古なしでぶっつけ本番となってしまうため、千賀ノ浦は「それなりにやったけれど、甘くはない。 本人と話します」とコメント。 稽古を見たNHK解説者の舞の海も「仕上がっていない。 力士人生を台無しにしてしまうかも」と治療中の怪我悪化への懸念を表明した。 そして取組編成会議前日の4日に、出場可否の判断を先送りしたことが分かった。 千賀ノ浦は「私は休場しろと説得したけど本人から『出させてほしい』とお願いされた。 今日の夜までは分からない。 今日中には決める」と話し、4時間にも及んだ本人との話し合いが平行線をたどったことを明かした。 この日、本人は相撲を取る稽古を行わず基礎運動での調整にとどめ 、の「名古屋場所前夜祭」収録に出かけた。 その後、部屋に戻って再度の話し合いとなり 、最終的には千賀ノ浦の休場勧告 を受け入れることを同日夕に申し出た。 この休場により大関を僅か二場所で陥落する事になった。 新大関から二場所で大関を陥落するのは2000年7月場所の(後に特例復帰)以来19年振り、史上2人目である。 「5、6年後、この経験があったから今の自分があるといえるように、気持ちを入れ直してやるしかない」「最後の番付(横綱)を目指すために治さないと」と本人はこれから先への決意を述べている。 7月場所の初日となる7日、日本相撲協会は貴景勝の診断書を公表した。 「右膝内側側副靱帯損傷で7月4日より5週間の加療を要する」という内容である。 8日目(7月13日)に千賀ノ浦は貴景勝について、14日に帰京して15日から都内で治療・リハビリに励む予定で、28日からの夏巡業には初日から参加させない方針を明らかにした。 可能なら、途中合流する意向であるという。 千賀ノ浦は「関取衆と相撲を取れる状態になること」を出場における一つの目安とし、「押し相撲は相撲勘が鈍るのが早い」「(稽古の)貯金というものはない。 常に押し相撲をどんどんやっていって、体をぶつけないといけない」と話した。 7月22日、の定例会合後に委員長は7月場所で4人いる大関が全員休場したことに苦言を呈する発言のなかで「貴景勝は(来場所)出るなら万全にしてまた大関に復帰する活躍をしてほしい」と奮起を促した。 7月31日、千賀ノ浦は貴景勝が治療・リハビリに専念するため「本人とも話すが、今のところ巡業は考えていない」と述べた。 しかし秋場所には「本人ももちろん出たいだろうし、私も出す考えだ」と話し、本人が関取衆との申し合い再開を「(秋場所の)番付発表(8月26日)の3日後くらいからできればベスト」と見通しを語った。 9月1日にで行われる「どすこいペア」に招聘される予定だったが、怪我の為8月16日に招聘が出演が中止された。 9月2日の二所ノ関一門連合稽古では阿炎、阿武咲、玉鷲と計5番取って1勝4敗。 これにはも「とても厳しい。 もしかしたら関取衆と稽古できるまで(状態は)戻っていないのかな」と不調を感じ取った。 9月場所は場所前の不調とは裏腹に12日目に10勝に達し、大関特例復帰を達成した。 12日目での大関特例復帰の確定は史上最速。 大関復帰に加えて優勝争いでも単独首位となった。 しかし、大関特例復帰確定の翌日に大関・豪栄道戦で敗れ3敗に後退。 本割を終えて12勝3敗同士で御嶽海との優勝決定戦に出場したが、敗れて優勝を逃す。 技能賞候補に挙がっていたが大関陥落直後の場所、などの理由で受賞は見送られた。 千秋楽の優勝決定戦の際に左大胸筋を肉離れしており、6週間の加療機関を要すると貴景勝から説明を受けたことを、師匠の千賀ノ浦が翌23日に明かした。 取組後はアイシングなどを行い、翌日午前中に都内の病院でを受けたという。 「一安心したところで、まさかこういうことになるとは思わなかった。 今のところ、手術をする予定はないと聞いている。 下半身を鍛えることはできる。 ただ、下半身を踏ん張れば、どうしたって上半身にも力が入る。 やってしまったものは仕方ない。 とにかく治療して、時間をかけていくしかない」と千賀ノ浦は述べている。 10月5日から始まる秋巡業は休場と発表された。 しかし10月1日から部屋で稽古を再開。 負傷による内出血で胸や肩、腕にかけて広範囲が紫色になっていたが、秋巡業について「自分の気持ちでは巡業も途中から出られるなら出たい」としたうえで、11月10日からの九州場所には「出る、という気持ちでやりたい」と話している。 御嶽海との優勝決定戦で、立ち合いから相手を突き起こしに行った際に左大胸筋を痛めたという。 10月16日からは秋巡業に合流。 大関に復帰して迎える11月場所については「治れば出るし、無理はしない。 できるだけ出る方向で一生懸命やっていく。 しっかりと自分を見つめ直し、けがに対する能力をもっとつけていきたい」と話した。 11日に兄弟子のが不祥事を受けて引退した感想を聞かれると「まだ、ちょっと実感がわかない」「単語や一文ではまとめきれない部分はある」と自身が世話になった兄弟子への複雑な思いをにじませた。 大関に復帰した九州場所は、6日目までは下位の力士に3勝3敗と苦しんだが、7日目から5連勝で11日目に大関として初めての勝ち越し。 だが、そこからは1勝3敗と失速し、結局、2桁勝利には届かず、9勝6敗に終わった。 12月1日の冬巡業直方場所では「ケガをしないで。 やっぱり優勝したい。 2回しないと横綱になれないから。 優勝したいです。 そこから全てが始まる」と、2020年の目標を掲げた。 2020年 [ ] 1月8日に尾車部屋で行われた二所ノ関一門連合稽古では大関特例復帰を目指す関脇・高安と三番稽古を行い7勝3敗。 元大関相手に稽古で大きく勝ち越したこの結果に北の富士は貴景勝が2020年1月場所を優勝するのではないかと予想し、舞の海も「貴景勝も、元に戻っている。 膝、胸の影響もなかった。 稽古場の力を出せば、優勝争いに絡んでくると思う」と話した。 1月場所はまわしを取られたり立ち会いから押し込めないなど苦しい相撲が目立ったものの中日まで1敗を維持。 9日目に正代との直接対決には破れたが、その後は白星を重ね終盤まで1敗の正代と德勝龍を2敗で追う形となった。 しかし14日目新関脇である朝乃山に敗れ3敗へ後退し優勝争いから脱落した。 千秋楽は異例となる幕尻で優勝争い1敗で単独先頭の德勝龍との取組が組まれたが、德勝龍に寄り切られ11勝4敗で終えたものの大関として自身初めての2桁勝利となった。 なお、この場所では豪栄道が大関から陥落し引退を表明、高安が大関特例復帰に失敗したため、3月場所は1982年1月場所以来38年2ヶ月ぶりの「一人大関」として迎えることとなった。 3月場所は前半を5勝3敗で折り返すものの内容は本来のものと程遠く場所前から違和感のあった左膝を痛めたのではないかという声も挙がった。 その不安は悪くも的中し、11日目に6敗目を喫して黒星が先行。 優勝争いを優先されて横綱・白鵬との対戦が組まれることなかったが、7勝7敗で千秋楽を迎えた。 その一番は大関昇進を懸ける関脇・朝乃山との対戦だったが、大関の意地を見せられず押し倒しで敗れて負け越しが決まった。 皆勤して負け越したのは小結だった2018年初場所以来約2年ぶりとなり、春場所は2度目の角番で迎えることとなる。 また、朝乃山が場所後に大関に昇進したことにより38年ぶりの「一人大関」は1場所で終了した。 2度目の角番として迎える7月場所は東京開催となったが、「新型コロナウイルス感染症対応ガイドライン」に基づき観客を入れての開催となった。 取り口 [ ] 短躯肥満の体型を活かした突き押しが持ち味で、立合いのもろ手突きに始まりそのまま突き切るのが貴景勝の勝ち筋とされる。 一方で、四つになると全くと言って良いほど相撲にならず、捕まえられるとすぐに寄られるか投げられるかで負けることが非常に多い。 後述する御嶽海戦でも、慣れないもろ差しの体制から強引に出ていこうとした結果、怪我を負う結果になってしまっている。 は2017年3月場所後の座談会で「小さな体で頑張っています。 突きが強いです。 も突きでしたが、突きはなかなかできないです。 貴景勝は体重はあってもあの小さい体で、幕内で勝ち越した。 これからはこの突きを磨いていくしかないです。 差したら力は幕下ですよ」と話した。 一方、体形やリーチの短さの面から、瞬発力に難があり長身の突き押し力士を比較的苦手としている。 引き技もよく決まるが、錣山には「貴景勝はもっと押す相撲を徹底した方がいいです。 たまに引くことがあります。 とにかく押すことに徹することです。 誰が相手でも気持ちで負けないところが師匠の貴乃花親方(元横綱)譲りです。 大砂嵐が張ってこようが、バシバシ張り返しますね。 これからが楽しみです」と指摘された。 は2017年5月場所前の記事で「貴景勝も独特な攻めをしますね。 相手を見ながらいなしながら押すというか」 と評した。 は2017年7月場所後ののコラムでは、馬力と15日間を戦い抜くすスタミナを必要とする旨を指摘した一方で 、2017年9月場所後のコラムでは「ちゃんと相手に圧力を掛けて、相手のアゴを上げてから引くので引き技が効くんだよ」と引き技を掛けるまでのプロセスについて評価した。 2017年7月場所4日目の白鵬戦について浅香山(元大関・魁皇)は「あのとき見合っていったい何をしたかったのか。 しかも、そこから相手を張り倒していこうというなら、状況は変わってくるかもしれないけれど、普通に当たりにいって四つに組まれて寄り切られた。 ただのぶつかり稽古になっていて、それでは勝てるわけがない。 相手と見合って、攻めが遅くなったり、休んだりすることは押し相撲からしたらあり得ない。 それだけ相手に余裕を与えてしまっているということ。 なかなか押せない横綱だからこそ、休まずに攻めて相手のバランスを崩し、押し出していかないと。 21歳と若いんだから、なりふりかまわずガンガン前に出て相撲をとらなくてはいけないと思う。 相手が誰であろうと、怖がらずに攻めていく。 がむしゃらに攻めていれば、『足がそろったからはたかれた』『押すときに肘があいた』『手が上からいったから下からあてがわれた』とか反省ができる。 そして次に生かしていけばいい。 自分の相撲を取り切って負けたら、もっと力をつければいい。 そうやって相撲を覚えていくものだ。 特に若手は『絶対に引くものか』というくらいの気概を持って、がむしゃらに前に出ることだ。 それが強くなるため、番付を上げるために最も大切なことだ」と評論した。 2017年9月場所前のとの座談会では、舞の海が同年7月場所4日目の白鵬戦を例に出して「横綱の動きを見ながら何とかしようというのが伝わってきました。 相手の力をうまく利用したり、左右のおっつけといった部分でうまさを感じました」と評し、西岩も「がむしゃらに出ていって差されると思ったら突っ込み過ぎず、いったん下がっておっつけるといった冷静さも感じられます。 そういう意味ではまだ21歳ですけど、若手らしくないなと思いました」と同調した。 は2017年9月場所3日目の支度部屋で「貴景勝は捕まえにくく、やりづらい相手だ。 気が付いたときには、自分の重心が後ろにいっている」と貴景勝の相撲ぶりについて話した。 四つ相撲は本領ではなく、2017年9月場所中日の戦では一旦組まれてから離れ、押し出して勝った。 2017年11月場所ののコラム内では、時々廻しを取りに行く所を我慢して押し相撲に徹するべきだと意見された一方で、立合いのタイミングの取り方(2017年9月場所2日目の宇良戦が好例)は若手らしからぬテクニックだと絶賛された。 は2018年1月場所の相撲について、、、との共通点として「『自分はこれが強い』というものがあまりない」と指摘しており、御嶽海以外の共通点として「押し込んですぐに叩きに行く」とそのワンパターン性を批判気味にコメントした。 貴景勝自身は2018年7月31日の夏巡業勝山場所で「課題は全体的なパワーですね。 まだ大人のパワーではなく、ガキのパワーなので(笑)」と自己分析するコメントを残した。 2019年3月場所前の記事では、のように相手に頭を付けて前ミツを取る相撲もできるようにならないと、大関よりさらに上を狙うのは難しいと注文を付けた。 一方舞の海は同時期のコラムで、体重を活かして頭から当たる相撲の圧力は評価しつつも上手を取られやすく、上手を取られると非常に弱いと指摘しており、性格が繊細で考え込む癖があるのではないかとも考察している。 2019年3月場所中の報道によると、ベンチプレスは高校時代に200㎏以上を記録し、埼玉栄高校で歴代1位。 高い身体能力も持ち合わせ、高校当時140キロ以上の体重ながら体育の授業でハンドスプリング(転回)を決め、同級生を驚かせた。 こうした身体能力も相撲ぶりに関わっている。 大関昇進の際、自身のは「天性の瞬発力と腕力に優れる一方で、蹴る力と腹部の力が十分に使えておらず十分に使えていないそれらの力を鍛えている途上」という趣旨の解説を行った。 は2019年5月場所の4日目の御嶽海との取組での負傷について、のコラムで初場所の千秋楽での怪我 で巡業中の稽古が出来なかったことや部屋移籍での環境変化のため、貴乃花部屋時代からの稽古の貯金が少なくなったことが怪我の一因ではないかと推測した。 また「悪いところを直すよりも、いい面を徹底的に伸ばした方が相撲は安定する」と今は四つ相撲を覚えるよりも押し相撲に徹するべきとの見解を述べている。 も5月20日に取材に応じ、慣れないもろ差しで寄り切る際のけがだったことについて「(けがをするということは)体の使い方が間違っているということ。 痛めて気づかされたものはあると思う。 無駄にしてはいけない。 けがしても変わらず期待している」とコメントしている。 は、11月場所千秋楽の白鵬戦についてコラムで貴景勝を右四つに組み止めた白鵬がじっと動かなかったことについて「あれでは貴景勝が気の毒だ。 まるで蛇の生殺しである。 屈辱的でもあったろう」と述べ、貴景勝についてはもっとがめつく勝利への執着心を大切にしたほうがいいと私見を出している。 2020年1月場所中のの論評では持久力の低下が指摘されている。 一方は同場所中の相撲を見て、押しだけではなく離れて突きといなしで相手を見ながら取れるようにもなり相撲に幅が出たと評している。 2020年3月場所の相撲を7代高砂は「低く当たった格好だけで次が何もない」と評しており、出稽古で様々なタイプの力士と相撲を取って色々な当たり方を模索して押しを磨くことをアドバイスした。 2日目の隠岐の海戦を観たは、立合いで諸手から突き放して押しに徹する相撲を忘れて投げに行って墓穴を掘っていることを指摘した。 貴景勝の場合は通常よりも足幅を広く取って骨盤を立てた状態でも四股を踏むことで腰の筋肉を鍛えて強固な下半身を作り上げているため、通常の突き押し力士にありがちな横に振られると弱いという弱点がない。 腕が短いために却って肩関節を前に出してロックして背中の力も使って押すという癖を付けることができ、そうして合理的な突き押しの型を身に着けることができた。 年表 [ ]• 2014年9月場所 - 初土俵• 2016年5月場所 - 新十両• 2017年1月場所 - 新入幕• 2018年1月場所 - 新小結• 2019年1月場所 - 新関脇• 2019年5月場所 - 新大関• 2019年9月場所 - 関脇陥落• 2019年11月場所 - 大関復帰 エピソード [ ] 土俵外の相撲関連 [ ]• 幼少期、芦屋の暴れん坊と呼ばれていたのは、野原で自身と同じぐらいの高さの草と格闘したことから。 不思議な鍛え方もあると感心した貴乃花はこのこともあって貴景勝に目を付けたという。 2017年11月場所中の記事によると、貴乃花部屋では午後9時消灯が基本であり、日の出前 から稽古を行うといい、貴景勝は夜の街には出掛けることは極めて少ない。 栄養学に詳しい父が食べるものを厳格に選んでいたことが影響し、入門後も身体づくりのために栄養学を学んでいる。 口に入れる物に並々ならぬこだわりを持っており 、「とかとかは筋肉に影響する。 あとは女性ホルモンが出るので注意してます。 は食べ過ぎると女性ホルモンが出るので食べ過ぎないようにしています」と話し、2つの炭酸飲料の成分表示を見比べて「こっちには砂糖が20個分入っているけど、こっちは60個も入っている」と力説していた。 本人は「胸の筋肉は、普通はこんなところは跳び出ない。 (上半身を鍛えて)満足しがちだけど、逆三角形の体形は強くないから」と体型には興味を示さず、むしろ尻まわりや太ももが発達した「洋なし体形」のの選手を参考にしている。 2019年9月場所で大関特例復帰決定に至るまでの4ヶ月の内1ヶ月半は、母校の埼玉栄高で住み込んでリハビリを行った。 師弟との関係を重視する大相撲でこのような調整は異例だが、師匠の千賀ノ浦は「大関だから自分のやることを信じればいい」と特例を認めた。 だが、このことから千賀ノ浦との不仲説が囁かれるようになった。 その他相撲関連 [ ]• 入門当初の師匠・貴乃花の長男()がデザインした化粧廻しを使用している。 その化粧廻しは黄金色の月を目指し、龍が上を目指して登っていく図柄で「龍神総宮社」の文字が入っている。 作品を主体とするのは、愛想が無く寡黙な貴景勝を、もし漫画に登場させたら見栄えするだろうと評価している。 2018年7月場所にはの描かれた染め抜きで場所入りした。 2019年3月場所の力士を指定するは3月8日の申し込み段階ではトップとなる約250本。 次点は豪栄道の約220本。 2019年3月場所の三賞受賞者の記念撮影では、巨漢の逸ノ城と碧山に挟まれて小柄さが強調された写真が撮影された。 2019年5月11日、埼玉栄高校から大相撲の慣例によって大関以上のみが着用を許される紫色を基調とした化粧廻しを贈呈された。 大胸筋の負傷は貴景勝の心の重荷になったという見方があり、2019年11月場所直後の報道によると大胸筋の怪我をして心を閉ざしたためか記者とも口を聞かなくなったという。 2019年12月19日、ヤクルト1000の新CMキャラクターに決まり、都内ので行われた発表会に出席した。 この席上で、朱色に近い赤の新たな化粧まわしが贈呈された。 2019年の日本相撲協会の「敢闘精神あふれる力士」アンケートでは6場所90日の内、幕内1位を23回記録。 1位を記録した回数はこの年の全関取中トップ。 2019年5月場所の再出場、2019年夏の埼玉栄高校での調整など、独自の判断を繰り返した振る舞いから「師匠の千賀ノ浦を軽視している」という声もある。 元横綱・も「そういう調整の方が落ち着くというところもあったのだろう」と察しつつ、師匠として1横綱3大関を育てた経験から「普通は部屋で稽古しながら治療をしていくもの」とくぎを刺した。 取組前にまく塩の量が少ないことで知られているが、2020年2月に日本相撲協会公式YouTubeチャンネルで公開されたインタビューの中で「塩は予想以上に滑りやすいので出来るだけ少なくしている」と答えている。 トークショー関連 [ ]• 2017年3月1日に大阪市のMBS「ちゃやまちプラザ」で行われた「大相撲春場所まつり」のトークショーで、中学時代に「周りに強い相手がいなかった」という理由で高校や大学に出稽古に行っていたことを話した。 学校から近かったに出稽古に行った際には、当時、関西学院大学相撲部で軽量級であった宇良と稽古したことも明かし、「めちゃくちゃ細かった」と当時を振り返った。 同じトークショーで、司会を務めたお笑いコンビのから「お相撲さんは、かかとのひび割れを瞬間接着剤でくっつけるって、本当ですか」と疑問をぶつけられる場面もあった。 貴景勝は「本当です。 ぼくもやったことがあります。 同時に「芦屋育ちなのでお坊ちゃまなのでは? 」という趣旨の質問をされたが、「芦屋でもいろいろありますから」と観客を笑わせた。 埼玉栄は男女共学ながら、同じクラスには柔道女子の猛者ばかりで、甘い思い出のない高校生活であったことも明かした。 その他 [ ]• 2017年3月場所12日目にへ本場所の相撲観戦に訪れたに関して「めっちゃ好きっす。 結婚したいっす」と話していたことがスポーツ新聞で報じられた。 母は元々角界入りには反対で、貴景勝の角界入り後もメディア露出は断っており 、親族だけでの記念撮影で登場した以外では公の場には出ていない。 2019年2月3日放送分の『情熱大陸』によると都内の1LDKの賃貸マンションで一人暮らししており、慣れない自炊もしている。 普段はゆで卵、ブロッコリー、カットトマト、ニンニク、鶏胸肉などが食卓に並ぶ。 旧貴乃花部屋で女将を務めていたには可愛がられており、初優勝を果たした際の報道によると、貴乃花部屋の消滅を機に一時「もう食べることができない」と嘆いていた一品であるにんにくの素揚げは消滅後も河野が作って送ってきてくれるという。 小学5年生か6年生の頃、春日野部屋の大阪場所宿舎、名古屋場所宿舎によく出入りしていた。 当時の彼は栃ノ心曰くおしゃべりであり、昼寝している栃ノ心や栃煌山に遠慮なく喋り掛け続けていたという。 合い口 [ ] いずれも2020年3月場所終了現在。 横綱・白鵬には1勝5敗。 2019年1月場所で初勝利。 横綱・鶴竜には1勝4敗。 直近の勝利は2019年3月場所で、決まり手は引き落とし。 大関・朝乃山には3勝4敗。 いずれも朝乃山の大関昇進前の対戦成績である。 2019年11月場所から3連敗中。 元大関・琴奨菊とは、琴奨菊の大関陥落後に対戦して3勝2敗。 大関同士の対戦はなし。 元大関・照ノ富士には1勝。 直近の勝利は2017年7月場所で、決まり手は押し出し。 大関同士の対戦はなし。 元大関・髙安には5勝6敗。 2019年3月場所から3連勝中。 直近の勝利は2020年3月場所で、決まり手は押し出し。 元大関・栃ノ心には8勝2敗。 栃ノ心の大関在位中は4勝。 栃ノ心が大関から関脇へ陥落した2019年5月場所では貴景勝休場により不戦敗。 直近の勝利は2020年1月場所で、決まり手は小手投げ。 大関同士での対戦はなし。 (以下は引退力士)• 元横綱・日馬富士には2勝1敗と勝ち越した。 2017年9月場所・11月場所で2場所続けて金星を獲得。 2017年11月場所の対戦は、結果的に日馬富士の現役最後の取組となった。 元横綱・稀勢の里には3勝2敗。 2017年11月場所で金星を獲得した。 元大関・豪栄道には3勝8敗。 大関同士での対戦は実現しなかった。 主な成績 [ ] スピード記録 [ ] 2020年3月場所終了現在• 初土俵から大関昇進までの所要場所数:28場所(歴代7位・年6場所制以降の初土俵力士の中では歴代6位)• 初土俵から初優勝までの所要場所数:26場所(歴代4位タイ)• 大関昇進:22歳7ヶ月22日(歴代9位)• 大関から関脇に陥落後の場所から10勝を挙げ復帰確定までにかかる日数(歴代1位・12日目) 通算成績 [ ] 2020年3月場所終了現在• 通算成績:255勝141敗27休(34場所)(番付外 1場所)• 通算勝率:. 644• 幕内成績:167勝106敗27休(20場所)• 幕内勝率:. 612• 大関成績:30勝22敗23休(5場所)• 大関勝率:. 577• :7勝8敗(1場所)番付上1人大関勝星は歴代9位• 467(歴代10位)• 三役成績:60勝30敗(6場所)• 三役勝率:. 667• 関脇成績:33勝12敗(3場所)• 関脇勝率:. 733• :11勝4敗(歴代7位タイ・年6場所制以降では歴代5位タイ)• 新関脇勝率:. 733(歴代7位タイ・年6場所制以降では歴代5位タイ)• 小結成績:27勝18敗(3場所)• 小結勝率:. 600• 前頭成績:77勝54敗4休(9場所)• 前頭勝率:. 588• 十両成績:39勝21敗(4場所)• 十両勝率:. 650• 幕下成績:30勝12敗(6場所)• 幕下勝率:. 714• 三段目成績:5勝2敗(1場所)• 三段目勝率:. 714• 序二段成績:7勝0敗(1場所)• 序二段勝率:1. 序ノ口成績:7勝0敗(1場所)• 序ノ口勝率:1. 00 各段在位場所数 [ ] 2020年3月場所終了現在• 通算在位:34場所• 幕内在位:20場所• 大関在位:5場所• :1場所(歴代6位タイ)• 三役在位:6場所• 関脇在位:3場所• 小結在位:3場所• 平幕在位:9場所• 十両在位:4場所• 幕下在位:6場所• 三段目在位:1場所• 序二段在位:1場所• 序ノ口在位:1場所• 前相撲在位:1場所 三賞・金星 [ ]• 三賞:7回• 殊勲賞:3回(2017年9月場所、2017年11月場所、2018年11月場所)• 敢闘賞:2回(2017年3月場所、2018年11月場所)• 技能賞:2回(2019年1月場所、2019年3月場所)• 金星:3個• 日馬富士:2個(2017年9月場所、2017年11月場所)• 稀勢の里:1個(2017年11月場所) 各段優勝 [ ] 2020年3月場所終了現在• 幕内最高優勝:1回(2018年11月場所)• 十両優勝:1回(2016年11月場所)• 幕下優勝:1回(2016年3月場所)• 序二段優勝:1回(2015年1月場所)• (カッコ内は勝数、負数の中に占める不戦勝、不戦敗の数。 太字は2020年3月場所終了現在、現役。 ) 改名歴 [ ]• 佐藤 貴信(さとう たかのぶ)2014年9月場所 - 2016年11月場所• 貴景勝 光信(たかけいしょう みつのぶ)2017年1月場所 - メディア出演 [ ] テレビ番組 [ ]• (2007年6月5日、)• (2018年11月25日・2019年3月24日、)• 「能町みね子のシブ5時相撲部」(2018年11月26日・2019年5月10日、NHK総合)• (2018年12月24日、TBS)• (2019年2月3日、・TBS)• (2019年2月7日、TBS)• 大相撲スペシャル (2019年2月24日・2020年2月9日・16日、)• (2019年3月6日・2020年1月8日、毎日放送)• (2019年3月30日、TBS)• (2019年4月7日、TBS)• (2019年4月8日、)• 大相撲2019 新時代の息吹 (2019年12月29日、NHK総合) CM [ ]• - ヤクルト1000(2020年1月 - ) 脚注 [ ] []• 『相撲』2018年3月号 p. 刊 『』 2015年5月号(夏場所展望号)別冊付録 平成27年度版 最新部屋別 全相撲人写真名鑑 32頁• 06 p113-119• 千賀ノ浦部屋公式サイト• 貴乃花部屋公式ホームページ• 日刊スポーツ 2016年5月18日19時36分• Smart FLASH[光文社週刊誌]スマフラ/スマートフラッシュ 2019年3月13日. 2019年3月13日閲覧。 刊 『』 2014年10月号(秋場所総決算号) 108頁• FNN PRIME 2019年2月24日 日曜 午後9:00(フジニュースネットワーク、2019年2月25日閲覧)• Sponichi Annex 2019年3月2日 17:20(スポーツニッポン新聞社、2019年3月4日閲覧)• 『大相撲中継』2017年11月18日号 p69• 朝日新聞DIGIRAL 2019年3月27日11時06分(朝日新聞社、2019年4月25日閲覧)• スポニチアネックス. 2014年8月31日. 2016年3月25日閲覧。 1994年11月場所で入門した(当時・志賀、現・年寄:)など、連続的な欠席が卒業の可否に影響しないとされる時期以降に入門するのが一般的である。 スポニチアネックス. 2014年9月4日. 2016年3月25日閲覧。 スポーツ報知. 2016年3月21日. 2016年3月25日閲覧。 日刊スポーツ. 2014年11月21日. 2016年3月25日閲覧。 刊 『』 2015年2月号(初場所総決算号) 77頁• 刊 『』 2015年4月号(春場所総決算号) 94頁• 刊 『』 2015年7月号(名古屋場所展望号) 79頁• 刊 『』 2015年11月場所(九州場所展望号) 79頁• SANSPO. 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貴景勝の母親の若い頃画像!韓国人の噂?誰かに似て超絶美人!|やくだつゾウ!

貴景勝 母 プロフィール

スポンサーリンク 貴景勝関の母・純子さんが「美人母」と言われるその美貌の魅力は芦屋にあり 貴景勝関の出身は兵庫県芦屋市。 芦屋といえば山側と海側に分けられ 山側にお住まいの方々はお金持ち。 と昔から言われるくらい 関西では有名な上流階級層が集まるお土地柄です。 例えば 丸紅の創業者・ダイエーの創業者 作家の谷崎純一郎・コシノジュンコ こんな有名な方々の豪邸がある場所です。 貴景勝関の実家は山側にあり、 高級住宅街に位置します。 そんな貴景勝関のお母様は とついでこられたとは言え 高級住宅街で育った風格は お土地柄ならでわのものです。 よそから流入してきた美人とはオーラと 風格が違います。 お嬢様で育った来られたその風格が 女優モデルみたいと言われる由縁です。 こう見てみると松坂慶子さんのような オーラを感じます。 スポンサーリンク 貴景勝関の母・純子さんの美貌画像 貴景勝関の母・純子さんは2019年3月の段階で現在52歳。 とても52歳にはみえないその美貌。 春場所終了後、大関昇進を祝福しようと 千賀ノ浦部屋のパーティーが開かれた その会場に現れた貴景勝関母・純子さんの姿。 ベージュのスーツをスレンダーに着こなし 美容院でヘアースタイルをアレンジして こられたそのスタイルは 20代の方たちがされるような 流行的なアップスタイル。 それでありながら、 「芦屋の育ちの良さ」の風格も きちんと清楚に表現できるそのセンスが 女優を感じさせるところなのでしょう。 貴景勝関の母・純子さんの若かりし頃の秘蔵映像 若い頃の貴景勝関の母・純子さんの 姿を見てみましょう。 貴景勝関が生まれたてで 産衣すがたの写真です。 貴景勝関が21歳なので 事写真はお母様が30歳の時。 透き通るような透明感と品のある 美貌がしっかり現れています。 さらに、貴景勝関が幼稚園の時 自宅の和室のお座敷であろうところで 撮られた写真です。 やはり芦屋の豪邸だけあって 背景に見える和室の障子など 家屋の作りが高級感を感じさせます。 着物姿の貴景勝関の母・純子さんの姿は また、洋服姿とは異なる 貴婦人の風格があります。 威厳ある写真のお父さん。 父・一哉さんの職業やスパルタぶりが 気になる方はこちらを御覧ください。 スポンサーリンク 貴景勝関の母・純子さんの食事作りに明け暮れた日々 小学校3年年生までは空手をしていた貴景勝関は 30Kgの体重で 細い体格のお坊ちゃんでした。 それが空手の判定で負けたことから 勝負がはっきりする相撲に魅力を見出し 相撲へ転向。 30Kgの体を大きくするために毎日食事作りに 明け暮れていたそうです。 その量は肉1Kg。 子供が好きとされるハンバーグが多かったようで 21歳と大人になった貴景勝関は ハンバーグ嫌いだけど 肉は大好きというトラウマになっているそうです。 スナック菓子やジュース類を禁止していた 息子の健康を気遣っていたお母さん。 肉類中心でタンパク質を意識した食事づくりの食費は 毎日30万円もかかっていたそうです。 また、小学校の頃のお弁当のおにぎりは15個。 エネルギーにすると3500Kcal。 お弁当を忘れた女子におにぎりを分けてあげて 喜ばれたとか。 15個もあったら、そりゃ、2個3個減ったところで お腹は十分満たされますよね。 食事管理の凄まじさは貴景勝関を小学校から追った記事で 記載していますので是非ご覧ください。 かわいい貴景勝関の様子を たっぷり楽しむことが出来ます。 さらに、貴景勝関の通っていた仁川小学校は 医者も多く排泄している小学校。 勉強の出来がきになるお母さんは 教育ママぶりを発揮して 勉強を促すようにしたいたのです。 貴景勝関の母・純子さんは力士になることに反対だった そんな献身的にサポートをしていた 貴景勝関の母・純子さん。 本当は最後まで(力士になることに) 反対していたそうです。 当初は「大学に行ってほしかった」と。 なぜなら頭からぶつかる競技は 心配でならなかったのです。 でも、「貴乃花部屋に入ったとき、 腹をくくりました」と話されています。 スポンサーリンク 貴景勝関の母・純子さんの母親としての優しさ 2019年春場所。 終盤の3連敗が続いた時 貴景勝関の取り組みを見て 「重圧のために体ががちがちになっている」 ように見えたという母・純子さん。 心配でたまらなくなり、 「(大関昇進は)もういいから」と LINEでメッセージを送信。 しかし、帰ってきた返事は 「大関になる」という力強い返信の言葉。 場所中に弱音を吐くことのなかった 貴景勝関は今回もまた 弱音ではなく、しっかりとした強い気持ちを お母さんに伝えました。 そんな貴景勝関のお母さんは 春場所語の観戦後、涙を浮かべならが 「今後は一つ一つの勝負に、よりプレッシャーがかかる。 心も体も健康に頑張ってほしい」と思いやっていました。 春場所終了後のパーティーでは 貴景勝関の母・純子さんは 次のように誇らしげに語られています。 「最後まで主役を張って、逆に『もってる』。 ドラマを作ってすごい子だと思います」と。 さらに、「毎日緊張した15日間でした。 でも人生で一番生きてきて最高で 最良の日になりました。 優勝の時よりも何倍もうれしい」と語っておられます。 その他、2019年初場所で 優勝を成し遂げたその時。 そこでも、貴景勝関の母・純子さんらしい 母だからこそ心配で仕方ないといった 一面を出されています。 優勝が決まるその試合で 「(取組は)見られませんでした。 会場をウロウロして勝ち名乗りを 聞いて『あぁ、勝ったんだぁ』と」と 息子とのことはいつも心配。 しかしながら、そこには 貴景勝関の母・純子さんんらしい 優しさが垣間見ることができます。 さらなる貴景勝関の活躍を期待しながら美人母の姿も楽しみに見ていきましょう 2019年は千秋楽で初優勝。 2019年春場所では大関昇進。 今度は横綱昇進へとどんどん活躍の幅を広げていく 貴景勝関を応援しながら その側で優しく見守る貴景勝関の母・純子さんの 美人ぶりもチェックしていきましょう。

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